■はじめに
こんにちは、光雨ゆうすけです。
この著作は、2009年発刊の初著「本気で★フラワーレメディ/ゆうすけ」を執筆してから、公式には二冊目となる作品です。
前作の発表から16年が経過しましたが、出生のホロスコープに示されたとおりに波乱万丈なシナリオを持つ僕は、それこそ様々な体験を味わうことになりました。
ですが、そうした艱難辛苦(かんなんしんく)がナチュロパスとしての僕を成長させたのですから、人生とはよくできているなと、つくづく思います。
初著の締めくくりで僕は、自身の近未来を予測していましたが、結果として当時の僕には想像できない道をたどることになり、失うものも多かったけれど、得るものもたくさんありました。
フラワーレメディこそが世界を救うと本気で思っていた(題名のとおりですね)あのころの自分を、今では懐かしく思います。
もちろん現在でも、フラワーレメディは僕の大切な相棒ですし、沖縄レメディ製薬を完成させたい想いに変わりはありませんが、思い起こせばこの9年は、宇宙における地球生命の仕組みを理解する旅だったような気がします。
交感神経が優位で、何をするにもまっしぐらだった9年前から比べると、65歳になった今の僕は、信じられないくらい大人しく、穏やかな存在になっています。
初著出版後、すぐに純菜食者となり、その後クラシカル・オステオパシィを体得するために体重を十数キロ落しました。
当時酷かった、乾癬や喘息とも、今はすっかり決別しています。
東洋医学や古典占星術との出会いも、僕の治療観に大きな変化をもたらしました。
ですから、かつての僕を知る人からみると、今の僕はきっと別人でしょう。
そんな別人に成長した僕が、2017年に某マクロビ・サイトのライターを依頼され、3ヶ月をかけて6話執筆させていただいたのですが、本作品はそれらを集約して加筆したものです。
実際、その6つのお話しは別々の物語などではなく、すべてが揃ってこそ一つの真実だからです。
本作品を通して、自然と寄り添う素晴らしさを、あなたにお届けできれば幸いです。
歳巡り…とは何か
僕たちの暮らす地球は、この宇宙で最も特異な三次元時空体験惑星であり、その地球が太陽を公転する単位を、僕たちは「歳」と呼びます。
ですから僕たちの魂は、この奇蹟の星の地表で、自らの望んだ「歳」を重ねたいと、切望しているはずだと、お思いになりませんか。
それぞれの魂が、それぞれを尊重しつつ、それぞれの望む生き方をするためには、何を知って、どう生きればよいのか、僕は初著出版後、ずっと考え続けてきました。
そして、2014年の晩秋のある朝、僕に突然訪れた大きな気づきによって、その凝縮された答えの一部は映像化され、僕の右脳におさめられることになりました。
それは、魂の宿った地球人が幸せな歳巡りを楽しむための、立体地図をインストールされたようなものです。
その地図は、観る角度によって違う道筋を示すのですが、行き着く先は同じ、つまりどんなに迷っていても、あきらめなければ辿り着けることを教えてくれるものでした。
ですから、もしあなたが今、生きる方向性に悩んでいるとしたら、あきらめずにその道のりや、そこからみえる景色を存分に楽しんで欲しいのです。
大切なのはゴールではなく、ゴールまでのプロセスなのですから。
生活を俯瞰してみる
さて、本編に入る前に、普段何気なく過ごしている、ご自身の生活に目を向けてみましょう。
僕たちは皆それぞれ、自分としての生活、家族としての生活、そして社会人としての生活を日々繰り返していますが、この私的な循環こそ、自ら判っているようで判っていない、生活習慣といわれるものです。
しかし残念なことに、そうした生活習慣に潜む問題は、自分では気付けません。
それにも関わらず、その問題が重大な心身疾患を招き寄せるキッカケとなり、そうした日々を重ねる中で、問題は膨れ上がってしまいます。
病院に行っても、表面化している症状のみが緩和されるだけなのですから、通院や投薬はいつまでも続きます。
それが現代医学ではなく、自然療法だとしても、そうした表面化した問題にだけにフォーカスしていれば、健康を手に入れることは困難でしょう。
そして、もうひとつ俯瞰してみていただきたいことがあります。
あなたの生活を送っているのは、あなたという生身の人間であって、それは地球上全域に広がる大自然の一員であることを、お忘れではないでしょうか。
この惑星において、なぜか人間という生命だけは、このわずか百年弱の短期間で、人類史上考えられぬ勢いで不自然な利便性を得てしまい、もはや手放せなくなってしまっています。
そしてまた、そうした合理的な生活を享受するために、自分が自分であってない状態、つまり自身の生命バイオリズムとは無関係な、個人を取り巻く柵(しがらみ)の中で生活せざるを得なくなってしまったのです。
でもそれは、あなたの過ちではありません。
そうした生き方が、社会人としてあたりまえだと、先人たちに教え込まれたからです。
そうした社会との関わりに疑問を感じない人々、政府やマスコミの讃える理想的な生活を送っているはずの大多数の人々が、人生の節目に大病を患ったり、ある年代になると当然のように降圧剤、坑コレステロール剤などが手放せなくなったり、そうした投薬の副作用から認知症やアルツハイマーになってしまうのは偶然でしょうか。
そしてその結果、天寿をまっとうできず、病院のベッドで死を迎えなければならないのも偶然でしょうか。
こうした不自然、かつネガティブなスパイラルから抜け出し、あなたにめいっぱい幸せな歳巡りを楽しんで頂きたいと願い、僕は本作品を執筆しました。
あなたらしい歳巡りを重ねるための、お役に立てば幸いです。
第一章 僕をナチュロパスに転身させたパニック障害克服の経験

僕は昭和34年に、東京で生まれました。目黒の下町出身ですが、いわゆる江戸っ子ではありません。
11年前、87歳で亡くなった父は仙台出身、今年90歳を迎えた母は大分出身で、初代南極観測船「宗谷」の誕生した現場で、二人は出会って恋に落ち、僕が生まれました。
僕は現在、沖縄本島中部の北中城村に暮らしています。昨年、65歳を迎えるまで21年間続けた小さな治療所「調和セラピー光雨」で、独自に「調和療法」と名付けた、身体に優しい7つの代替自然療法(①言動療法、②無意識浄化療法、③食事療法、④ウォーキング療法、⑤古典占星術療法、⑥オステオパシィ、⑦フラワーレメディ)を駆使しながら、ご利用者の疾病と向き合っていました。
光雨を利用される方は、開所した当初から、沖縄県外の方がほとんどで、それは21年間変わりませんでした。
Zoomを利用したリモート施術もたくさん実施しました。
インターネット技術のおかげで、僕はここ沖縄から、そして利用者の皆さんは県外や海外のご自宅からでも、まるで対面しているかのように繋がることができるのですから、本当によい時代になったものです。
また、施術はすべて予約制ですので、自分のペースを大切にしながら日々の仕事を楽しめましたし、施術の隙間時間を利用したたくさんの猫たちのお世話も大切なルーチンでしたし、完全閉店した今もそれは続けています。
治療の一環として、アコースティック・ギターの弾き語りを取り入れたりするのも、僕ならではなのかもしれません。
こんな僕が、ナチュロパスに辿り着いた経緯について、本章ではお伝えしたいと思います。
パニック障害を患いフラワーレメディと出会う
今から四半世紀前の2000年12月、当時の勤務先を退職し、転勤先だった関西(滋賀県大津市)から、僕は愛娘とふたりで沖縄本島へと移住してきました。
最初に移り住んだのは、娘の転校先の小学校に近い、那覇空港を望めるアパートでした。
沖縄にくる以前の20年間は、ナチュロパスとは対照的なロボットエンジニアでした。
沖縄への移住直後から光雨を構えることになるまでの数年間、シンガー・ソングライタやエッセイストとして活動していましたが、自分らしくない大きな失敗が引き金となって、パニック障害を患ってしまいます。
この障害は、昨今では珍しい病気ではないのかもしれません。
いい知れぬ怖さに、一時的とはいえ交感神経が極度に昂り、呼吸困難な状態に陥ってしまうものです。
そのため、医学的には精神安定剤が多用され、不眠を伴う場合は睡眠薬も処方されますが、そのときの僕は、心療内科を訪れようとはせず、自然療法に活路を見出そうとしていました。
当時の僕の周囲には、心身症治療薬を日々服用している知人が何人もいましたが、彼らの症状は好転するどころか、複雑化しているようにしかみえなかったのも、僕が自然療法を選んだ理由のひとつでした。
もし僕が、理工系の人間でなかったなら、自身に降りかかった障害を、現代医学や薬学に委ねていたかもしれませんが、ロボット工学の現場で過ごした20年間で、科学の限界を痛感していた僕には、自身を癒す真の答えは、自然界にある気がしたのです。
つまり、現代の科学が僕を癒せるとは思えなかったけれど、自然界には、なんらかの答えがあると確信できたのです。
そんな中、英国生まれの自然療法、フラワーレメディと出会えたのは幸いでした。
インターネットで、その情報をみつけた当時、この療法をきちんと説明するサイトは皆無でした。
国によっては医療として認可されている事実もありながら、プラシーボと一笑するサイトも多かったのですが、僕は純粋に試してみたいと思えたのです。
フラワーレメディとは
以下は、拙著「本気で★フラワーレメディ」からの引用です。
英国人医師であり、細菌学者でもあった、エドワード・バッチ(1928~1936)の完成させた安全かつシンプルな自然療法。世界六十数カ国で愛用される微細エネルギー医療の一つ。野生植物から作られた三十八種類のレメディ(治療薬)を用い、感情のバランスを整え、生命を包括的に癒そうとするもの。科学的実証ができないため、日本では医療として扱われなかったが、世界中に驚くべき臨床例は存在する。
簡単にいうなら、イライラ、落ち込み、失望、ショック、怒り、疑念、不安、迷い…などなど、誰もが感じるであろう心の状態に対して、三十八種類のレメディから、数種類を選んで調合し、それを毎日数回摂取することによって、本来のメンタルバランスを取り戻そうとするものです。
一般的に、そのレメディ選びは、プロセラピストに任せるケースが多いようですが、何も知らなかった僕は、自分で自分のメンタルを掘り下げ、ロックローズ、アスペン、ゴースの3種類のレメディを入手し、その小瓶のラベルに記載されていたとおりに、一日に数回の服用をはじめました。
当時、調合(レメディをブレンドして用いる方法)という使い方を知らなかった僕は、ストックボトル(未希釈のレメディボトル)3本から、原液のまま2滴ずつの服用を始めたのです。
そして、そんな超自己流のフラワーレメディ治療と並行して、あるインスピレーションから、ちょっとした冒険にも、チャレンジしてみたのです。
身体の声を傾聴し食事量を極端に減らしてみた
僕は、料理を趣味とする人間ですので、食べることは大好きなのですが、子供の頃から体調の優れないダルさには人一倍敏感で、そのためそんな身体症状から、今は何も食べないで欲しい…というメッセージを汲み取ったのです。
いいかえるなら、中途半端な食事で胃腸に負担を掛けるより、良質な水分摂取と腹式呼吸に意識を向けるべきだと直感したのでした。
「断食」という言葉が示すように、人は食べなくても、ある程度持ち堪えられますが、水分摂取と呼吸は、それがなくなると、生命維持もままなりません。
ポット型浄水器で濾過したミネラルウォーターをゆっくりと飲み、家事の合間を縫って仰向けに横たわり、腹式の深呼吸を励行したのです。
人間は、仰向けの状態でリッラクスすると、自動的に腹式呼吸をし始めます。
地球を背中に背負い、宇宙に身体を解放した姿勢、それが「仰向け」です。
喘息持ちでもあった僕は、気を抜くと、つい胸式呼吸をしてしまうのですが、仰向けになるとそれが自制されることを、経験上知っていました。
こうした自己治療を数日続けたところ、面白いように排便が促進され、スムーズに身体が浄化される感覚を得たのです。
かつて経験の無かった身体の軽さや、意識の透明感が、それを教えてくれました。
そして、フラワーレメディの小瓶が空になった2週間後、僕はパニック障害を手放せていたのです。
この間、僕の一日の食事は、長野の親戚から届いたスモモふたつでした。
特に旬の果物は、消化吸収に胃腸を疲弊させることなく、必要なエネルギーを与えてくれる素晴らしい食材です。
こうして僕は、精神安定剤も睡眠剤も使わずに、僅か2週間という短期間で、健康な自分を取り戻すことに成功したのです。
自然則を体感した、まさに、はじめの一歩でした。
そして、このときの濃い経験が、僕をナチュロパスに転身させることになりました。
自然との調和で得られる感動を、独り占めにすることができなかったのです。
その後、ナチュロパスとして生きたこの四半世紀で、パニック障害を克服したとき同様に、薬を一切使用せず、重度の喘息を快癒させ、さらには27年間も苦しんだ、乾癬という難治性の皮膚病とも決別できました。
ついでに、通算で三十五キロの減量にも成功しており、身体年齢は実年齢マイナス三十歳を維持しています。
これらの自身の経験から、光雨における乾癬と喘息の根治、そして理想体型へのダイエット指導には、高いご評価を頂戴しました。
これらの自己治療の大きな流れを俯瞰するなら、それは治療というより、生き方や在り方のシフトというべきでした。
グルテンフリーで純菜食を基本とした少なめな食事、脊椎を弛緩する軽いウォーキングの励行、そして明るい考え方と言動が、僕がこれらの問題を克服できた最大のポイントです。
そしてこれらに加え、喘息の克服には毎朝の水シャワー、さらに乾癬の克服には塩浴を加えました。
これらの、喘息と乾癬の自己治療の詳細については、この後の第二章で、しっかりとお話しさせて頂きます。
当然のことですが、治療家が健康でなければ、説得力がありませんからね。
今後もこうした生き方を楽しみ、多くの人々に希望を与える存在でありたいと願うばかりです。
第二章 半世紀悩んだ喘息と乾癬との決別

この第二章では、幼少時代から続いた難治性疾患を、食養生と入浴方法の改善で快癒させたお話しをさせていただきます。
その疾患とは、喘息と乾癬(以下、ウィキペディアからの引用)でした。
喘息 …慢性の気道炎症(好酸球性炎症が典型的だが、好酸球以外の炎症性細胞が主体の表現型も存在する)、気流制限(典型例では可逆性あり)、気道過敏性の亢進を病態の基盤に有し、発作性、呼吸困難、喘鳴、咳などの呼吸器症状をきたす症候群である。
乾癬 …典型的には、赤い発疹とその上に白色の鱗屑を伴う発疹が出現する。病変部は周りの皮膚より少し盛り上がった状態へ移行し、大きな紅色局面を形成する。頭皮、膝、肘など外部からの刺激が強い部分にできやすいが、眼球と口唇以外ならば全身どこにでも発疹が出現する。
前者の喘息は、アレルギー性疾患としても有名で、僕の場合はカビと埃、花火などの硝煙に反応して発作を起こしていました。
また、季節の変わり目などでも、風邪から喘息になるケースも多く、特に寒さの厳しさが増す年末年始は、毎年絶不調でした。
後者の乾癬の方は、喘息まで有名ではないかもしれませんが、世界中では一億人が罹患しているとされる厄介な皮膚病で、僕が発症した際にも、担当医からは一生完治することはないと宣告され、長い目で付き合いなさいと釘を刺されたことを今でも思い出します。
乳離れと同時に喘鳴が表れはじめる
母親の記憶では、僕は乳離れした頃から、喘鳴(喘息の初期症状)が表れるようになったそうです。
出生時は東京の目黒に住んでおり、満2歳になる前に、埼玉県南部の入間市に引っ越したのですが、空気の綺麗な田舎に暮らすようになっても喘息は改善せず、幼稚園に上がるころには、発作は益々酷くなりました。
そして小学校に上がってからは、頭皮にフケが表れはじめたのですが、それはフケと勘違いされた乾癬(後述します)でした。
母親に連れられ、都内の小児喘息専門病院へ行くと、アレルギー性喘息と診断され、漢方薬や吸入薬と一緒に、減感作療法を処方されました。
減感作療法とは、少量のアレルゲン物質を、注射によって定期的(通常は1~2週間隔)に体内に投与する治療方法です。
身体をアレルゲンに慣らして、過剰反応させない免疫力を養おうとするものですが、この療法を半年以上継続しても、発作の頻度が少なくなる気配はまったくなく、吸入薬は手放せませんでした。
母親の潔癖がアレルギー体質を悪化させる
僕のアレルゲンとして特定されたカビと埃を、異常に気にするようになったのは、僕ではなく母親でした。
息子のアレルゲン検査結果がショックだった彼女は、その検査の後は何でも消毒するようになりました。
家中を逆性石鹸で拭き掃除をする彼女の徹底ぶりが、かえって僕をアレルゲン過敏にさせたのです。
昨今では、家庭用除菌グッズが花盛りですが、アレルギー性疾患やアトピー症状を持つ子供の家庭は、消毒のし過ぎが指摘されていますよね。
当時の僕の家も、まさにその過剰除菌が日常的に行われ、外出時も彼女のハンドバッグの中には、携帯用の除菌脱脂綿のセットが常備されていました。
また、何をやっても症状の改善しない僕のために、母親は色々な民間療法をみつけて来ました。
その中で最も衝撃的だったのは、新聞好きの母親が記事から拾ってきた、生きたナメクジを丸飲みする荒療治でした。
自宅の風呂場にいたナメクジを飲ませようとする彼女に、僕は泣き叫んで拒否したのですが、「とにかく一度だけ」と強引に飲まされた記憶は、今でも生々しく覚えています。
そんな療法に効果があるわけもなく、2回目のナメクジ丸飲みが無かったのは救いでした。
まったく迷惑な新聞記事です。
喘息への理解が無かった半世紀の教育現場
小児喘息は、今でこそ随分と教育現場でも理解されていますが、半世紀前となる僕の小学生時代は、喘息持ちは根性無しの代名詞のように扱われ、気合が足りないからという理由で無意味にしごかれて悪化したことも少なくなく、無理解な引率教師に連れられた修学旅行先のカビ臭い宿泊先で発作を起こしたときは、死を覚悟したくらいでした。
毎回、辛い思いをせねばならなかった喘息の発作は、高校に通い始めた頃から徐々に和らいだのですが、結婚して生活環境が大きく変わった22歳の時に再発し、それから自己治療に切り替える50歳前まで、改善する気配のまったく無い対症療法が、延々と続いたのです。
自己治療の第一歩/純菜食へのシフト
フラワーレメディと出会い、自然療法の素晴らしさを知った僕は、50歳を目前にして、喘息の自己治療を決意します。
その初めの一歩は、食養生でした。
もともと、僕は動物を愛する人間です。
動物の形をしたお菓子が、可哀そうで食べられなかったり、理科実験の解剖用に飼育されていた蛙を、全部逃がして教師から張り手をくらった子供でした。
ですが、僕がどんなに動物を愛していても、子供が毎日の献立を決めることはできません。
母親の用意する食事を、何でも食べるしかありませんでした。
特に母親は、当時のマスコミに完全に洗脳されており、喘息持ちのひ弱な息子に体力をつけさせようと、毎日の食事は肉食が中心でした。
体力の無い子供に、消化吸収の悪い酸性食品ばかりを与え続けたのですから、僕のアレルギー体質は悪化するしかなかったのです。
そんな僕でしたが、知人からプレゼントされた「エコロジカル・ダイエット(ジョン・ロビンズ著 )」という本に衝撃を受け、衣食住のすべてにおいて、動物を傷付けない生き方を自ら選択したのは、満50歳を迎える直前でした。
純菜食へのシフトのための一歩目は、毎日の食事から、肉、魚、乳製品、卵を排除することでした。
これだけでも、発作の回数は確実に減りましたが、アレルゲンだったカビと埃、そして、花火などの硝煙に過剰反応する体質は相変わらずでした。
レベルアップする純菜食とその背景
次のステップは、主食を変えることでした。
白米から雑穀米へ、雑穀米から分づき米へ、そして最終的には押麦とオートミールを併用した主食へと切り替え、それと同時に、精製砂糖の摂取も止めましたが、喘息に顕著な改善はなく、続いて小麦を排除するグルテンフリーにも切り替えましたが、これも喘息への効果を感じることはありませんでした。
グルテンフリー・ダイエットとは、小麦をはじめとした、穀物のタンパク質の主成分であるグルテンを除去した食事法のことです。
もともとグルテン除去食は、セリアック病や小麦アレルギー(食物アレルギー)、小麦の消化や代謝不良等(グルテン関連障害)を改善するための食事療法の中で取り入れられるものです。
そんな、喘息への好転を感じない純菜食生活を、止めなかったのはなぜでしょうか。もちろん、動物を愛しているからに他ならないのですが、それとは別に、ある驚くべき変化があったのです。
本章の冒頭で、僕が小学校に上がってからは、頭皮にフケが表れはじめた…と書きました。
僕のその頭皮の症状を、フケと信じていた母親は、生命の危機にもなりかねない喘息と比べたのでしょうか、僕の頭皮の異常については、問題視していなかったのです。
ところが、結婚して生活環境が変わり、喘息が再発したのと同じタイミングで、頭皮にあったフケのような症状は、身体中に広がりはじめました。
幼少期の頭皮の白いカサブタは、フケなどでは無かったのです。
シンナーのような溶剤臭の激しい出張先の現場で数週間仕事をし、ある朝気が付くと、身体中が白いカサブタで覆われていたのです。
目を疑う有様とは、このことです。
何件目からの皮膚科で、それが乾癬という難治性皮膚疾患であると判りました。
担当医からは「乾癬には完治はない」といわれ、ステロイド外用薬が数種類処方されました。
服用薬もあるが、不妊のリスクが高いと説明され、そちらはさすがに拒否しました。
外用薬を塗れば、症状は一時的に穏やかになるのですが、原因が消えたワケではありませんから、翌朝には再発します。
こうしてまた、改善の見込みのない対症療法が、僕の生活に増えることになったのです。
純菜食で激減した乾癬の患部
ところが、僕が純菜食に切り替えると、そのやっかいな乾癬の患部に、大きな変化が表れました。
動物食を排除し、主食を変え、砂糖を止め、グルテンフリーにもなるなどと、純菜食のレベルが上がるたびに、乾癬の患部は目にみえて減ったのです。
喘息の治癒には、大きな進展はなかったものの、乾癬の患部が小さくなったり、無くなったりしたので、僕は自分の食養生に自信が持てたのです。
後から判ったことですが、乾癬の「癬」という字は、病ダレの中に、魚(海や川の肉)と羊(丘の肉)があります。
それはつまり、動物食のもたらす疾患を意味する漢字なのです。
こうして、僕の動物愛から始まった純菜食が、「癬」の字のネガティブなエネルギーを、封印し始めたのでした。
自己治療の第二段階/減食生活
純菜食生活が落ち着いた頃、オステオパシィを身に付ける目的で始めた減食生活(BMI18を目指す必要がありました)によって、僕の喘息は大きな変化をみせることになります。
第一章でご紹介した、パニック障害克服の際にも、減食に多大な治療効果を感じていましたので、習慣的に減食に取り組めば、身体が良い反応するのではと思ったのですが、喘息の思わぬ好転に背中をおされ、減食生活は楽しいものへと変わっていきました。
減食の最初のステップでは、朝食をグリーンスムージィ、昼食を具沢山のスープにし、夕食のみ普通のボリュームの食事を摂りました。
そうすると、花火などの硝煙に対する過剰反応が消えたのです。
食事量を減らしたことで、お腹の鳴るシチュエーションが増え、空腹をしっかり感じる気持ちよさも気に入っていましたが、あきらかに喘息の発作の原因となる反応が減ったのですから、嬉しさも倍増です。
そしてこの頃には、乾癬の患部も頭皮だけに激減しており、また食事量が減ったことで、胃が小さくなったのか、夕食の量も少なく済むようになりました。
自己治療の最終段階/塩浴と水シャワー
そして同居している肌の敏感な次女が、ナチュラルなスキンケアを模索する中で手にした本から、僕は新しい入浴法に出会います。
これが僕の喘息に、トドメを刺したのです。
それは、「塩浴生活をはじめよう(松本和子著)」という本でした。
この入浴法では、入浴の最後を常温の水シャワーで締めます。
この本の中における水シャワーは、適量の皮脂を皮膚に定着させることが目的でした。
経口、経皮から取り込んだ毒を排泄させることで、乾癬の治療に役立つと確信して、僕は水シャワーの実践を決めたのですが、その選択が喘息体質を改善させる結果となったのです。
混合水栓のシャワー設備があれば、温かいお湯の状態から、徐々に水温を下げられますので、身体に負担なく水シャワーは楽しめます。
来る日も来る日も水シャワーを浴び、入浴後に身体がポカポカする現象が面白く、真冬でも楽しく続けることができました。
そして、その年の冬の大掃除で、アレルゲンのはずの埃に過剰反応しない僕に気付き、翌年の梅雨明けには、カビにもまったく反応しない僕に気付いたのです。
こうして僕は、喘息の自己治療にも勝利しました。
純菜食へ切り替え、食事量を減らし、水シャワーを毎朝浴びる、たったこれだけのことで、長かった喘息との生活を、あっさりと終わらせることができたのです。
減食生活と乾癬平癒のプロセスを振り返る
またこうした、僕の減食生活と、乾癬の好転との関係を振り返ってみると、もうひとつ大切なことがありました。
自分の身体を使って、様々な食養生の実験をしたのですが、よい結果を感じなかったものもあったのです。
それは、ローフード生活でした。
酵素を含む食べ物を多く摂取すれば、身体によい効果があると考え、加工されていない生の食材を用いた食品、あるいは食材を極力生で摂取する食生活のことです。
食物が持つ、加熱によって失われがちな酵素やビタミン、ミネラルなどを効率よく摂取することを目的とするため、酵素が破壊されない摂氏48度以下であれば、加熱してもかまわないとされています。
酵素を効率的に摂取する考え方が気に入り、数週間実践したのですが、効果を感じないだけでなく、食事が楽しくなくなり、続けることが苦しくなってしまったのです。
そんなローフード生活とは対照的に、小麦を排除するグルテンフリー生活は、はじめて数日後にはよい結果(乾癬患部の好転)を体感でき、様々な発酵食品を積極的に活用する食べ方も、乾癬と決別する決め手となりました。
グルテンフリーにしろ、発酵食品の摂取にしろ、双方とも腸内環境を改善させる食養生です。
腸内環境がよくなれば、よい血液が作られますし、その血液が身体を循環して、細胞になるのですから、ある意味どんな慢性疾患に対しても、これらは最強の食養生であるといえます。
またこれに加えて、減食生活で感じる空腹感が、細胞再生時に生命力を高める遺伝子をオンにします。
こうしたミラクルの数々が重なって、皮膚科医から不治をいい渡された乾癬とも、僕は完全に決別できたのです。
そして最近では、ステロイド軟膏(かつて皮膚科医から処方され、27年間使い続けた外用薬)の副作用で赤く爛れていた左足の甲も、オメガ3脂肪酸オイルの活用で嘘のように綺麗になりつつあります。
食養生とは、まさに自然療法の頂点なのかもしれません。
なお、こうした食習慣の見直しによって、様々な恩恵を見込めることは確実ですが、特に閉経前の女性の食養生では、その方の体質や状態、環境に応じた最適な方法がありますので、自己流で始めず、必ず専門家に相談してくださいね。
第三章 フラワーレメディの教えてくれる生活習慣シフトのメカニズム

第一章に引き続き、本章もフラワーレメディのお話しをさせていただきます。
僕が自身の治療所「光雨」で、21年間取り組んだフラワーレメディとは、生命に内在する癒しのシステムを、無理なく発動させる自然療法です。
フラワーレメディは、第一次世界大戦直後の動乱の中、1936年までの8年間を費やし、英国人医師であり、細菌学者、ホメオパスでもあったエドワード・バッチによって開発されました。
植物にのった朝露に、癒しの力を直感した彼は、独自の太陽法という製薬方法を開発し、植物の最高潮のエネルギーを集めることに成功します。
よく晴れた日の日の出時刻、レメディ植物の育った土地の湧水を採水するところから、太陽法は始まります。
そして午前9時前、白衣に着替え、レメディ植物の咲き誇る現場へと出向き、陽当りのよい場所に、300㏄のガラスボウルをおいて、採水した湧水をいっぱいに注ぎ入れます。
大きな葉を用意し、完全に開花している花だけを、よく切れるハサミで、手に持った葉の上に切り落とし、ガラスボウルにはった湧水の上に、花を静かに滑り落します。
大きな葉を用意するのは、製薬者の手が、花や水に触れないための配慮です。
この作業を繰り返し、ボウルの表面が花でいっぱいになったら、そのまま3時間、太陽光をしっかり浴びさせるのです。
3時間後、完成した波動水を丁寧にろ過し、同量のブランデーと合わせたものが、フラワーレメディの母液となります。
宇宙の四大元素といわれる、火(=太陽)、土、空気、そして水による、完璧なハーモニーによって作られるフラワーレメディは、その最高クラスの安全性も手伝って、療法誕生後90年を経過した今では、世界六十数カ国で愛用されるまでになりました。
一回わずか数滴を、一日に4回以上服用するだけという、そんな手軽さも人気の一つかもしれません。
僕の初著「本気で★フラワーレメディ」では、20年間のロボットエンジニア時代に培った、自身の理科系のスキルを活かし、本療法の癒し仕組みを判りやすくご説明していますが、本章でお話しする内容は、その中では取り上げなかったことです。
それはフラワーレメディが、貴方の生活習慣を好転させるために、その背中を押してくれるという事実です。
世界中に数多く存在する自然療法の共通の鉄則
実際、僕はこの力のおかげで、自己治療のための食養生にも成功して、難治性疾患(喘息と乾癬)とも決別でき、オステオパスになるための十数キロの減量にも成功しました。
そもそも生活習慣とは、その言葉が示すとおり、一朝一夕で成り立つものではありませんから、その分、それをよい方向へとシフトさせるとなると、もはや療法の範疇ではなく、考え方や人間性とも関連の深い領域といえます。
ですから、一般的な意見としては、非科学極まりない花のエッセンスが、そうした意識のシフトをサポートするとは、到底考え難いのではないでしょうか。
ところで、ご存じのとおり、自然療法と呼ばれるものは世界中に数多く存在し、それらには共通の鉄則があります。
フラワーレメディをはじめとするそれらは、自然由来という特徴がそうさせるのか、自然則に沿った生活へのシフトを後押ししてくれる潜在的な力を持ち合わせているのです。
例えるなら、穏やかな川の流れに、力を抜いて身を任せる状態です。
川の流れに逆らって泳ぎ続けることは、色々な意味で無理があり、ひとつ間違えば溺れ死んでしまうかもしれません。
ですが、その脈動を受け容れれば、僕たちはその流れの旅を楽しむことさえできます。
ですから、今の自分にとって少々無謀と思えること、例えば飲酒や喫煙を止めるとか、肉食を止めるなどのゴールを掲げたとしても、その方向が自然則に沿っていれば、自然療法は手を差し出さずにはいられないのです。
もちろん、本人の意志が何より大切ではありますが、それは精神力などではなく、自身と向き合う覚悟の有無でしかありません。
ですから、こうした自然の流れに順行する生き方の選択は、自然療法を上手に利用することで、ことのほかスムーズに生活習慣のシフトを可能にしてくれるようです。
意に沿わぬ生活習慣が定着してしまう仕組み
さて、個性がバランスを欠いて、不本意な感情に苛まれてしまうのは、不自然な環境や状態に甘んじているからですが、多くの場合、そうなることを本人が意図しているケースはまれで、仕事や家事、育児などに追い込まれた結果、そうした暮らし方を選ばざるを得なくなっている場合がほとんどではないでしょうか。
ですから、自身の生き方をしっかりみつめて、正道に戻ることこそが、自分らしさを取り返す早道なのですが、長年培った「習慣」という名の壁は、あなたの前に高くそびえ立ってしまっています。
ですがそれは、単に「高い」というだけで、壁である以上越えられないことは無いのですが、多くの人は、越えられるわけがないと思い込み、越えられるはずの壁を、一層高く感じてしまっているのです。
つまり、そうした固定観念や、ネガティブな心理を弛緩する力を、フラワーレメディは提供してくれるのですが、ここで3つのタイプの利用者像をチェックしてみましょう。
フラワーレメディとの相性3タイプ
まず最初のタイプは、何にでも疑ってかかる人です。
彼らは、自分の変化を、受け容れたくないタイプの人ともいえます。
これは、人間に限ったことではありませんが、生命という存在は、潜在的に変化を好まぬ傾向があり、人間の場合、引越しや転職をきっかけに体調を崩す人が多いのもこのためです。
住み慣れた家を離れる「引越し」、馴染みの職場をあとにする「転職」は、基本的にその人の意図した行動のはずですが、彼らは新しい土地や新しい出会いを、楽しみにする余裕がありません。
こうした心理は、フラワーレメディによる治療が始まっても、花のエネルギーが自身を建て直すとは信じられないため、ポジティブな変化を頑なに拒否してしまい、場合によっては、風邪症状を訴える場合さえあります。
実際、風邪とは病気ではなく、環境の変化に対する免疫系の再構築ですから、ある意味、正常な反応なのかもしれませんね。
続く次のタイプは、ニュートラルな人です。
何も知らされることなく、誰かのサポートによって自然療法の恩恵を受けるケースです。
フラワーレメディの場合では、理解あるパートナーや家族の協力によって、本人は気付かぬまま、レメディを遣い続ける幸運な人ですが、彼らの治療は好転する場合が多いようです。
最初のタイプの、何にでも疑ってかかる人でさえ、知らされることがなければ、疑念心による心理的な拒否が起こらないため、こうした成果を享受できる場合も少なくありません。
疑うくらいなら、知らない方がましなんですね。
そして最後のタイプは、自分の成長に対して責任を持とうとする人です。
自分と向き合う準備ができているため、生活習慣の建て直しに対して、前向きな状態を維持しやすい人ともいえます。
フラワーレメディが、こうしたタイプの人々を応援するのは、自然則に沿った順行エネルギーを活用できるという以外にも、38種類のレメディによる636億通りの調合レシピを駆使することで、その人の気質に応じた、きめ細かいエネルギー調整が可能となる点が、多くの自然療法と一線を画すのでしょう。
地球総人口の十倍近いレシピが存在するのですから、この数値には説得力がありますよね。
636億の調合レシピは少し未来のあなたの波動
僕は、かつての治療活動の中で、今あなたにお話ししたような内容を、利用者様にお伝えする際、以下の例えを好んで使います。
フラワーレメディによるエネルギーの共鳴治療とは、少しだけ未来の好転したあなたが、好転への覚悟を決めた今のあなたを、手元に招き寄せる一連のプロセスです。
招き寄せるといっても、それは強引な力ではなく、好転した未来のあなたの放つ魅力に、今のあなたが引き寄せられる、そんなイメージです。
フラワーレメディの調合エッセンスの放つ波動は、あなたにとって馴染みの深い、少しだけ未来のあなたの波動そのものですから、違和感もなければ、焦燥感を抱く必要もありません。
そして、そんな自分に向かって少しでも前進すれば、直感が冴えたり、フルカラーの楽しい夢を観たりと、嬉しい反応を楽しめることも度々です。
自身に起こる変化を楽しみつつ、あなたらしく咲く心地よさを味わえば良いのです。
ですから、あなたの想像し得る最良の未来を、今すぐ妄想しちゃってください。そうです、妄想したもの勝ちです。
そして、フラワーレメディを相棒に、生活習慣を好転させる宣言をしましょう。
あとは、少しだけ未来のあなたから届く、ポジティブな波動をナビゲーターに、その変化の旅を存分にお楽しみください。
第四章 顕在意識の19倍もある無意識を浄化し幸運体質になる

潜在意識ともいわれる無意識ですが、大辞泉における説明はこうです。
①意識がないこと。正気を失うこと。
②自分のしていることに気付いていないこと。また、そのさま。
③精神分析学で、意識下の領域。種々の人間現象の背後にあって影響を与える混沌としたもの。睡眠、自由連想、投影検査、麻酔などの薬物作用によってのみ表出が可能となる。
もちろん、この第四章で取り上げるのは、大辞泉における三つ目の解釈です。
簡単で即効性もある、無意識を味方につけるセルフケアの方法についてお話ししますが、睡眠、自由連想、投影検査、麻酔など一切不要ですのでご安心ください。
そしてこれこそが、幸運体質への鍵となるものです。
葛藤や苦手意識と大きく関わる無意識
光雨における施術の中で、利用者様のお悩みの原因の多くが、彼らの無意識に潜んでいると確信するようになりました。
同時に、ご自身の無意識との友好関係の改善を通して、心身の不調がどんどん好転して行く様子も、幾度と無く確認することもできました。
少々大袈裟ですが、無意識の本質を知るための21年間だったともいえるほどです。
ところで、量子力学の世界では、この宇宙における可視の存在は5%に留まっており、それ以外の95%は「不可視な何か」であるといわれています。
そして、この1対19の比率は、まったく同じ割合で、僕たちの意識の世界にも存在します。
つまり、僕たちがその存在を確認でき、コントロールできる顕在意識は、全体のたった5%でしかなく、その19倍もある95%の領域は、無意識と呼ばれる制御不能な部分なのです。
そのため、無意識を締めるネガティビティの割合が、多くなればなるほど、僕たちは幸運体質から遠ざかってしまいます。
人前で、どんなにポジティブな言葉を発していても、その言動の背景で19倍の影響力を持つ無意識が浄化されていなければ、幸運を掴めるはずもありません。
それは、無意識側にある「想いのエネルギー」と、同じ波長の現実が共鳴して増長することになるからであり、顕在意識側がどんなに避けたいと思っていても、無意識側が意識を向けるものしか、僕たちは自身の現実に引き寄せられないのです。
つまり、このタイプの人は苦手だから、関わりたくない!…と、
どれだけ強く顕在意識側が念じていても、無意識側が自動的にそのタイプの人を探し出してしまう(関わりたくない=意識が向く)ため、かえって複雑に関わることになってしまい、
どうして自分は、同じような苦手なタイプの人と関わり続けるのだろう!…と、
思い悩む日々が、延々と続くことになるのです。
無意識の持つ力を、何となく理解して頂けたと思いますが、それではそんな制御不能といわれる無意識を、浄化する方法はあるのでしょうか。
無意識が更新される瞬間とは
無意識を浄化するための最初のステップとして、まず理解せねばならないことがあります。
それは、無意識に新しい情報が書き込まれるタイミングとは、いつどのような瞬間なのかということです。
無意識側に、既に書き込まれたネガティビティを排除する方法は、残念ながらありません。
ですから、それ以上に多くのポジティブでハッピーな情報を、無意識側に送り込む必要があるのです。
では、その答えを、先に申し上げましょう。
そのタイミングとは、自律神経のスイッチする瞬間です。
ご存じのとおり自律神経とは、交感神経と副交感神経の総称であり、起きて活動している際には交感神経が、眠ったり休憩したりする際には副交感神経が、それぞれ優位となることは、多くの人の知るところでしょう。
実は、無意識に情報が書き込まれる瞬間とは、交感神経の優位な状態から、一転して副交感神経の優位な状態となる、まさにそのとき(この逆はありません)です。
つまり僕たちは、身体の力が抜け、リラックスした瞬間に携えていた感情を、無意識に書き込んでしまうメカニズムを有しており、この仕組みに例外はありません。
これをいいかえるなら、無意識はコントロールできないけれど、無意識の更新は自分で管理できる…ということです。
ですから、よい感情を感じたのなら、それを無意識側に蓄える習慣を励行すれば、幸運体質に、どんどん近付くことになりますよね。
仰向けと深呼吸の組み合わせでその瞬間を自らプロデュースする
人間は、二足歩行を可能にした動物です。
重力に逆らったこの歩行姿勢は、ある程度の緊張を常に伴うことになるため、簡単に交感神経を優位にしてしまいます。
そのため、数ある休息の姿勢の中でも、背中に地球を背負って、顔を天に向けた仰向けの姿勢は、特に緊張を緩める効果の高いことが知られています。
そして更に、仰向けの状態で深呼吸をすると、自動的に腹式呼吸に切り替わります。
これも人体の持つ恒常性の恩恵として有難いメカニズムで、結果としてこのふたつの条件の揃った瞬間に、僕たちは副交感神経を優位にさせることができるのです。
確かに仰向けの姿勢は、睡眠のポーズでもありますが、睡眠とは無関係に、腹式呼吸が伴うだけで、副交感神経を優位にできるのも大きな特徴です。
ですから、ポジティブな想いを感じたら、どこか手近な場所で仰向けに横になって深呼吸をすれば、その想いを無意識側に書き込むことが可能なのです。
経験を通じたポジティブな感覚が見当たらなければ、妄想でも一向に構いません。
大切なことは、それが現実であろうがなかろうが、幸福感をしっかり感じた状態で、副交感神経を優位にすれば良いのです。
また、仰向けになる前に、フラワーレメディを摂取すれば、あなたの心身波動が瞬間的に高まるため、その効果は一層高まるはずです。
あなたのタイプレメディと、そのサポートレメディを併用するとよいでしょう。
あなた専用の無意識浄化用フラワーエッセンスを、用意されてみてはいかがでしょうか。
やけ酒が危険な理由
ここまで説明すれば、ある種の不幸体質が、どのように形作られるか容易に想像できるのではないでしょうか。
仕事やプライベートでイヤなことがあったとき、お酒を飲んでストレスを発散する人も少なくありません。
アルコールは一時的に血流を上げるため、ある種のリラックス効果を得られるのは事実ですが、その瞬間に副交感神経も優位になります。
つまり、この瞬間に携えていた想いは、そのまま無意識に書き込まれてしまうのです。
同じように、その日の失敗を思い起こしながら、後悔の念を抱いたまま就寝すれば、入眠した瞬間に携えていた悩みは、そのまま無意識に書き込まれます。
このふたつの例でも判るように、僕たちが無意識との良好な関係を築くためには、こうした日常を手放さねばなりません。
手放すというと難しく考えがちですが、お酒を嗜むのであれば、楽しい話題を肴にするとか、入眠する際には、その日の出来事に感謝する癖をつけるなど、新しい習慣へと切り替えればよいだけのことであり、慣れてしまえば圧倒的にこの習慣の方が、健康的であると判っていただけるはずです。
みつからない青い鳥
童話「青い鳥」では、幸せの青い鳥を探して、子供たちが旅を重ねますが、最後までみつけることはできませんでした。
この童話が教えてくれたように、幸運体質への鍵も、どんなに外界を探してもみつかりません。
それは、あなたの心の内奥、そう、無意識側にあるのですから。
僕たちの生活の質の高さは、無意識との良好な関係で決定されるといっても過言ではなく、その無意識がネガティビティに牛耳られていれば、そうした念が負の思考癖や観念、苦手意識や劣等感に姿を変え、意に沿わぬ現実を引き寄せてしまうだけなのです。
ですから、このメカニズムを逆手にとって、無意識をバラ色の想いでイッパイにしてしまえば、あなたの人生もバラ色にならざるを得ませんよね。
ちなみに、無意識を浄化すると、あなたの出生の海王星がエールをおくりはじめます。
海王星は、依存や逃避と関わる惑星ですが、無意識がバラ色になると、一転してよい影響をあなたに与えはじめます。
特に、出生のパーソナルプラネット(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星)が、海王星とアスペクトする人は、その効果は
テキメンとなるはずです。
第五章 ゆったりウォーキングのもたらす驚くべき効用

僕は毎朝、「ゆったりウォーキング」を楽しんでいます。
歩き始めると、わずか20歩ほどで、脊椎の弛緩をじんわりと体感できます。
ウォーキング全行程でも十分前後ですから、時間的な負担もまったくありません。
有意義な一日のはじまりは、この習慣なくしては語れないほどです。
そして、僕がナチュロパスとして多くの利用者様にお伝えしたことも、この「ゆったりウォーキング」の励行です。
歩く、ただそれだけのことでありながら、身体だけに及ばず、メンタル面にも多くの効用が期待できる、そんな「ゆったりウォーキング」について、この第五章では詳しくご紹介させていただきますね。
マスコミの勧めるウォーキングの落とし穴
健康診断を受診するたびに、運動不足を指摘される方も多いと思います。
また、運動=体重調整(ダイエット)と、関連付ける人も、おそらく少なくないでしょう。
実際、カロリー消費という観点からいえば、ほとんどの運動メニューには、そうした恩恵があるようです。
そんな中で、ナチュロパスの僕が、自信をもってお勧めする「ゆったりウォーキング」と、似て非なるものが、マスコミの競って勧めるウォーキング・ダイエットの数々です。
彼らの勧めるウォーキング・ダイエットに共通しているのは、呼吸法や運動時間、歩幅や姿勢、ウォーキング・シューズの選び方など、カロリー消費を効率的に行うためのテクニックばかりが目立つことです。
ですが、カロリー消費を効率的に行おうとする意識は、レベルの大小こそありますが、自身にプレッシャーをかけることになり、ある種の弊害を伴ってしまいます。
それは、交感神経を昂らせてしまうということです。
確かに、そうしたテクニックを活用すれば、痩身減量効果は期待できますが、交感神経を昂らせてしまうため、メンタルにとってはリスクとなる場合も少なくありません。
野良犬や野良猫を見習ってみる
都市部においても、野生化した犬や猫をみかけるものですが、彼らのゆったりとした歩行動作にみられる、しなやかなで優雅な背骨の動きは、まさに芸術の域であると思いませんか。
同じ脊椎動物である人間は、ダイエットのために運動しますが、野良犬や野良猫には、そんな目的はありません。
そこにあるものは、身体の恒常性として本能的に備わった、脊椎の柔軟さを維持しようとする動きだけです。
人間の脊椎は、腰椎5つ、胸椎12、頸椎7つの合計24の椎体で構成されており、ひとつひとつの椎体は形状こそ様々ですが、それぞれは堅い骨です。
椎体と椎体の間に特殊の層があるとはいえ、24の堅い骨がまるで魔法のロープのように、曲がったり、ひねったりすることを可能にしているのですが、脊椎全体の自由度の高さが、椎体内部を干満する脳脊髄液の流れに、関わっていることを知る人は少ないようです。
身体を流れる三大体液といえば以下のとおりですが、その3つめこそ脳脊髄液です。
①栄養や酸素を身体の隅々にまで届け、細胞の原料ともなる血液
②老廃物や異物を回収するリンパ液
③脊椎内部を流れ、頭蓋骨まで達する脳脊髄液
頭蓋骨の中にあって、眼球を支える蝶形骨と、脊椎下端の仙骨(お尻にある脊椎の末端)がポンプ役を果たし、脳脊髄液は脊髄内部を干満しながら、自律神経の安定化を通して、臓器や神経系のコントロールをしているため、脊椎が弛緩されていなければ(自由度が高くなければ)、脳脊髄液は滞ってしまいます。
そうしたことを、本能的に知る野良犬や野良猫は、背骨をしなやかにくねらせながら、ゆったりとした歩行を怠らないのですが、人間はといえば、座りっぱなしだったり、反対に立ちっぱなしだったりして、背骨の可動域を小さくしてしまいがちになり、その結果、自律神経系の諸問題と決別できずにいるのです。
肩と腰のラインの不思議
あなたが手ぶらで歩いている状態を、想像してみてください。
僕たちの骨格は、その構造上、右足が前に出るタイミングで、自然と左手が前に振り動かされますよね。
このとき、両腕を支える肩のラインと、両脚を支える腰のラインは、互い違いに(肩のラインが左を前にしたとき、腰のラインは右を前にする)動くようになっていますが、その中央を貫通するように存在する背骨は、手ぶらで歩くことで無理なくツイストされます。
ですから、歩けば歩くほど、背骨のツイスト動作が繰り返され、それによって脊椎が弛緩されるようになっているのです。
ところが人間は、荷物を持つなどの理由から、せっかくの歩く好機に恵まれても、荷物のせいで肩のラインが動かないため、背骨上部に対する充分なツイスト動作が起こりません。
もしくは、ダイエット・テクニックにこだわって、最大歩幅で懸命に歩いたりすれば、交感神経が優位になってしまい、背骨はツイストしているにも関わらず緊張する、不自然な状態が起こります。
また、スポーツ・ジムなどでウォーキング・マシンを利用すれば、逆走するベルトから落ちぬように身体が緊張してしまい、求めるべき弛緩効果は望めないのです。
何も持たずに手ぶら(どうしても荷物を持つときは、リュックサックを活用しましょう)で、ゆったりと歩いているときのみ、僕たち人間は背骨を弛緩させることができ、その結果、自律神経の正常化を通して、呼吸や心拍数なども安定するのです。
まとまった運動の後は特にゆっくり歩く
普段はしない激しい運動や、草刈りや大掃除など、まとまった作業をしたあとは、特に意識してゆったり歩くことで、僕たちはその恩恵を得ることができます。
人間は、ゆったりと歩くことで、もし身体に違和感があれば、それがどこかを特定できる感覚を有しており、さらにその部位に意識を向けながら歩くことで、いいかえるなら、脊椎の弛緩を通して脳にフォーカスさせることで、患部を癒やすことまでできるようになっています。
これは超能力などではなく、そうした部位に意識を向けることで、血液やリンパの流れに優先順位がつくためです。
このように、動物の持つ自己治癒のメカニズムは、意識をきっかけとして発動するのですが、この仕組みを活かした、ヨガや太極拳と関わる皆さんは、こうした身体の不思議を日常的に体感されているのではないでしょうか。
ウォーキングも量より質へ
最近では、スマートフォンに内蔵された加速度センサー(端末の回転角度を検出する装置)を用いた万歩計アプリで、日々の運動量を把握しようとする人も多いようです。
ですが、僕のこの小著を読んだあなたなら、万歩計のノルマをクリアできたとしても、その歩行が手ぶらで、ゆったりしていなければ、健康作りとは縁遠いという事実を理解されたことでしょう。
一日、たった十分前後の「ゆったりウォーキング」は、脊椎を弛緩して自律神経を正常化させるだけでなく、脊椎のツイスト動作を通して背骨周辺の筋力を高めつつ、ふくらはぎの弛緩も促進させますので、リンパ液のポンプ役でもあるそれらが活性化すれば、老廃物のデトックス効果も高まり、浮腫みの解消(下半身だけでなく、全身に及びます)にも繋がります。
これに加えて、毎日の食事が野菜中心となれば、血流も劇的に改善されますので、純菜食とゆったりウォーキングの励行は、身体の三大体液すべてを正常化させることが可能なのです。
また、そうはいっても、天候不順などで、ウォーキングに出られないときもあるでしょう。
そんなときは、イス(背もたれや肘かけの無いスツールがお勧めです)に着座したまま、十分間ほど腕振りをしてみましょう。
もちろん、本章でご紹介したウォーキングと同じスタイルの、ゆったりとした腕振りです。
着座していることで、坐骨が座面に固定されるため、上半身の脊椎の集中的な弛緩が期待できるのです。
たったこれだけの簡単な運動ですが、交感神経と関係の深い肩甲骨周辺の椎体(胸椎)を中心に弛緩されますので、自律神経を調和させるだけでなく、血流の改善も促されて肩のこりがやわらいだり、肩甲骨と肋骨の癒着がなくなり、四十肩や五十肩の改善も期待できます。
また、ウォーキングする時間帯は、朝が最良なのですが、無理なく捻出できる時間帯を使って、この「ゆったりウォーキング」を楽しんでみてくださいね。
第六章 天寿をまっとうする生き方の秘訣

僕の暮らす北中城村は行政的には村ですが、その長閑な響きとはアンバランスな施設が、今を去る十数年前にオープンしました。
米軍施設だったゴルフ場が村に返還され、そこに超大型ショッピングモールと、大型病院が隣接するかたちで営業を開始したのです。
利用者の流れの異なるこの二大施設は、駐車場を融通し合うなどをしながら、まさに何でも揃う、何でもできる便利な空間を演出していますが、果たして本当にそうなのでしょうか。
現代医療は成功しているか
あなたへの質問です。
現代医療は完全に機能していると、あなたはお思いでしょうか。
そもそも医療とは、何でしょうか。
医療とは、病気や症状を治す、国の支援する合法的なシステムに決まっているし、遺伝子操作まで可能な現代医療が、機能していないはずがないと、確信する人も少なくないのかもしれません。
ですが仮に、現代医療が上手く機能しているのなら、患者さんの数は減少傾向にあってしかるべきではないでしょうか。あなたを取り囲む現実、あなたの地域の医療の現実を、客観的に見回してみましょう。
実際には、まったく逆の現象が起こっているはずです。
わが村の大型病院の例に留まらず、日本各地の医療施設はどこも超満員で、おびただしい数の患者さんたちが、それらを定期的に利用しています。
それらの施設内を覗くと、診察の予約をとって訪れた患者さんたちがひしめき、ドクターの診察を、今か今かと待っています。
予約来院でありながら、長時間待つことに疑問を感じる様子もなく、中にはそんな診察の待ち時間を利用して、施設内のファストフードショップで、コーヒーやスイーツを楽しむ患者さんたちの姿もみかけます。
そして診察が終われば、会計を済ませるための順番待ち。
会計が済めば、次に目指すのは院外薬局でしょう。
薬の院外処方が当たり前となった昨今では、ドクターから処方される薬は、院外の薬局で手に入れる必要があるため、患者さんたちは移動を余儀なくされます。
ちなみに前述のショッピングモール内にも、処方箋を受け付ける薬局があって、ここにもビジネス上の遣り繰りの構図が存在しています。
何から何まで、システマティックに機能しているようにもみえますが、大きな矛盾に気付かぬまま、僕たちはそうした商業ベースの流れの中にいるのです。
現代医療は患部を直接治療する
先の質問に戻って、医療とは何か再考してみましょう。
医療とは、病気や症状を治す仕組みのようにみえますが、彼らが目指すものは「患部の沈静や緩和」であって「平癒や根治」ではありません。
例えば、あなたが風邪をひいたのなら、医療機関では症状に見合った薬が処方されます。
一方、ちまたのドラッグストアでは、風邪の初期症状に万遍なく効く、総合感冒薬しか手に入りません。
医療機関であれば、発熱が顕著なら熱を下げる薬が、喉に痛みがあるのなら喉の炎症を和らげる薬が、ピンポイントで処方されるのですから、効果を感じないはずがありません。
はやく結果を求めたい現代人にとって、患部を直接治療する現代医療のこうした在り方は、実に好都合なのです。
しかし、あなたが風邪をひいた背景には、風邪をひくにいたる出来事があったはずです。
風邪の症状を何度和らげたところで、同じ出来事と遭遇すれば、あなたはまた病院へ行かねばなりません。
つまり、あなたが風邪をひくきっかけとなった、免疫力を低下させた何かを、あなたの生き方から遠ざけない限り、何度でも病院へ行くことになるのです。
この生き方の癖との決別こそが、病院から縁遠くなるために、どうしても必要なことです。
僕がかつてナチュロパスとして提供していた施術では、いかなる病気や症状に対してでも、それらの根治や平癒を目指しましたが、その効果を感じて頂くためには、ある程度の時間が必要でした。
生き方のシフトを提案し、日々の積み重ねの中で、病気にならないご自身を育てて頂くのですから、どうしても一ヶ月単位の時間を必要(基本となる目安は13週間です)とします。
心身に表出した症状は、生活習慣に潜んだ生き方の問題がアウトプットされただけに過ぎませんから、原因を無視して症状を癒すだけの現代医療のスタンスでは、症状が再発するのは当然ですし、投薬が永遠に続くことも避けられません。
そうした、一見手っ取り早いのだけれど、根治や平癒には程遠い現代医療を選ぶのか、それとも時間と手間をかけて、日々の生活を自然則に沿わせることを通して、人間力や生命力を高め、結果として問題となる病気や症状を手放すのか、その選択はあなた次第なのです。
生き方を直視せず受ける健康診断に意味はあるのか
このように現代医療は、問題の原因を無視した、患部の直接治療に特化した、矛盾をはらんだシステムなのですが、さらに不思議なものがあります。
それは、健康診断です。
早期発見、早期治療を合言葉にした健康診断は、無料で受けられるケース(実際には税金で支払っていますが)も多く、健康維持にはなくてはならないものと理解されています。
「そのとき」の自分の身体状態を医学的に知って、なんらかの問題があれば通院して再検査し、治療と称した緩和処置や、医療者による適切な投薬が始まれば、平癒への道が開かれるだろうと信じている人は、少なくないのかもしれません。
ですが、「そのとき」が「数日前の単なる延長」でしかない、つまり生き方を何も見直さずに、身体にとってよいとはいえない衣食住とともにあって、心理的な成長もないのであれば、心身が良好であるはずがありません。
そうした状態の中での「そのとき」に、医学的な異常がみつからなければホッとし、みつかればガッカリするだけの健康診断なら、単に病院に通い始めるキッカケと出会おうとしているだけに過ぎないのではないでしょうか。
スポンサーありきのマスコミに踊らされるまま、テレビや雑誌などに取り上げられる信頼性のない健康情報を鵜呑みにして生きていれば、人生のどこかの時点で大病を患ったり、幸運にもそれが大病でなかったとしても、血圧やコレステロール、血糖値などをコントロールする薬を毎日飲むはめになってしまえば、それは人生最期の瞬間まで続くことを意味するのと同じなのです。
そしてこうした傾向は、皮肉にも先進国が顕著で、そうした国々の人々は医療に生かされる人生の終盤を自動的に選び、天寿をまっとうすることには到底いたらないのです。
何もない地方「フンザ」
パキスタンの北端に位置するフンザは、中国、アフガニスタンと国境の接する場所です。
6つの山脈が集中し、山々の高さは6000メートルにも達し、7500メートル超のラカポシ山のようなものまで存在します。
フンザの人々は、岩の塁壁に囲まれた肥沃な山あいに暮らし、この2000年間、外界との接触がほとんどありませんでした。
それは、彼らの暮らす谷を取り囲む道が、道として機能しておらず、一年中危険だったからです。
1964年、アメリカの有名な心臓専門医だったポール・ダドリー・ホワイトは、生涯を通して心疾患とは無縁で非常に長生きするフンザの住民を自ら確かめるため、携帯用心電計を持ってその地を訪ねました。
フンザの人々は誕生の記録を持たないので、正確な年齢を特定することはできなかったのですが、血圧や血中コレステロール値を調べ、心電図もとりました。
その結果、彼が調べた最も高齢者の中にも、心疾患の気配さえみつからなかったのです。
また同じ頃、フンザ人の視力に魅せられた、アメリカ人検眼士アレン・E・バニクが、その地を訪ねた時の感激を、以下のように自著にまとめています。
何世紀も生き抜いて来たこの部族は、驚く程の活力と体力を持っている。外界とほとんど隔絶していた二千年の間に、彼らは寿命を大いに延ばす生活や食事、思考や運動様式を発展させたようだ。彼らには金がないが、貧困も病気もない。この土地の住民は、清浄な身体だけでなく、誠実さと相互の信頼を享受している。フンザの人々は頑健で病気にならず、比類なき長寿を誇っている。多くの高齢者が仕事を続けているし、アメリカでよくみかける老いの兆候が、まったくみられないことは驚きだ。
フンザの人々の食生活
フンザにはアンズ園が多く、ほとんどの世帯がアンズの木を育てています。
彼らの自慢の地味豊かな段々畑の多くは、アンズをはじめとした沢山の果物を育てており、収穫期はそれらを生食し、冬場のために収穫した果物は乾燥させます。
極寒の冬季に、乾燥させた果物を様々な料理に使うためです。
またフンザには、牧草地に適した土地がないため、畜産は不可能に近く、動物性蛋白質の摂取は、羊や山羊の乳から作った発酵ミルクを飲むだけで、住民が肉食することはありません。
フンザの成人男性の一日のカロリー摂取量は1900キロカロリーで、その99%が植物性です。
炭水化物からは73%、脂質からは17%、蛋白質からは10%のカロリーを摂取します。
少量の自然塩は摂りますが、砂糖や加工食品はまったく口にしません。
そのため、これらの食事情から、肥満や病気とは無縁なのです。
医療に頼る日本の老人と自然に生きるフンザの老人
フンザ人の健康を支える背景を垣間みていただいたところで、目線を日本に戻しましょう。
忙しい現代人の横行する首都圏も、僕の住む沖縄の片田舎も、食文化に多少の差はあれ、フンザのそれとはあまりにも違うことはいうまでもありません。
僕の実家は1500キロ離れた埼玉にあって、隣接する東京と文化的な差をほとんど感じない場所です。
11年前に86歳で他界した父は、80歳のときに脳梗塞で倒れる直前まで、日本中を股にかけて活躍した営業マンでした。
最後の最後まで愛する仕事を楽しんだ、幸せな人生を送った典型のような人でしたが、脳梗塞を発症するまでの20年間はインシュリン注射を欠かさずに過ごし、その後何度か入退院を繰り返したあと、最終的には二つの癌を併発し病院で亡くなりました。
彼の最期を看取った母親は、今も健在で明るくユーモアたっぷりな人なのですが、血圧とコレステロール値が高めで、それらの治療のために服用する薬の副作用から、認知症傾向が顕著になっています。
彼女はまた、14年前に大腸癌の手術をした際、かなりスマートになった(手術を受けるために沖縄の僕の家で半年間過ごし純菜食生活を送ったため)のですが、今では再び貫録十分な体型に戻ってしまっています。
このようにふたりとも、ストレスの多い現代にいながら、心理的にはストレスフリーな生き方を選べた幸福な人たちなのですが、身体的には「医学的に生かされていた」といえます。
彼らは高齢になってからも、フンザの人々の150%以上のカロリーを摂取し、その半分近くが動物性で、カロリーのほとんどを蛋白質と脂質から摂取し、砂糖も加工食品も手放しませんでした。
何でもある便利な国で、メンタル的にも良好であったにも関わらず、フンザの長寿者とは程遠い印象を受けるのは、僕だけではないはずです。
人生を完全燃焼するために足りないもの
ここまで読了されたあなたなら、この問いに対する答えは、すでにみつけられたことでしょう。
僕たちの生活には、足りないものは何もありません。
どうやら、逆に有り過ぎるのです。
便利な暮らしに、すっかり慣れ親しんだ僕たちは、フンザの人々のような生き方は、選べないかもしれませんが、天寿をまっとうし、人生を完全燃焼するためのヒントとして、その多くを活かせるのではないでしょうか。
僕の場合、健康のためにではなく、動物たちへの愛から純菜食者としての人生を選びました。
そして、数十年間患った、喘息と乾癬の自己治療のために、自分に適した食養生を完成させ、そして少食にもなりました。
また、無意識を浄化する目的で、マスコミ断食も続けています。
そんな僕はこの沖縄の地で、自然則に沿って生きることで、天寿をまっとうする気満々なのですが、果たしてフンザの人々のような最期を、迎えることができるのでしょうか。
おわりに

第六章の中で僕は、こんなことをいいました。
ナチュロパスとしての僕が、光雨で提供した施術において、いかなる病気や症状に対してでも、それらの根治や平癒を目指しましたが、その効果を感じていただくためには、ある程度の時間が必要であると。
そして、利用者様に生き方のシフトを提案し、日々の積み重ねの中で、病気にならないご自身を育てていただくには、どうしても一ヶ月単位の時間が必要(基本となる目安は13週間)であると。
これらの文章の、最後の確固内に書かれた「13週間」という数字に、あなたは疑問を持たれたのではないでしょうか。
十三週間の秘密
これは、あてずっぽうな数字などではありません。
それは、人体を構成する六十兆個の細胞が、すべて入れ替わるために必要な時間であって、科学的にも根拠のあるものです。
そしてこの事実を逆算すると、たったの一秒間に800万個もの新しい細胞が誕生していることになります。
少々極端な表現に聞こえるかもしれませんが、少し前に食べたものと、その一秒間の心理状態が、新しく誕生する800万個の細胞の質を決めてしまうのです。
つまり、身体によいものを適量食べ、健全な心理状態である時間が長ければ長いほど、13週間後のあなたの心身は、あらゆる意味でバージョンアップすることになるのです。
この事実は、吉報ではないでしょうか。
食べることも、そして心理状態も、日々の生活そのものですから、すべてあなたの意識ひとつで変えられることばかりです。
つまり僕たちは、例え医学的に大病であると診断されていたとしても、意識の持ち方ひとつで、13週間後には健全なあなたに生まれ変われるのです。
13週間とは、7日で構成される一週間が13回繰り返される時空の決まりごとですが、その7には「調和と完成」、13には「制御と変化」という数霊が宿っている事実も素敵だと思いませんか。
もちろん、この13週間チャレンジに挑むかどうかを決めるのは、あなたなのですが。
自然界から授かった強力な道具
わたしたちは自然界から、強力な道具を授かっています。
それは、自分と同じ波長の物事を、磁石のように引き寄せる力であり、「類は友を呼ぶ」で知られるこうした現象を引き起こすこの道具は、強力であると同時に、取扱いがデリケートです。
なぜならそれは常にオンの状態で、一時停止することさえできません。
ですから、意識しようがしまいが、普段から考えたり、ついつい口に出していることが、そのまま大きく育って帰ってくるのです。
お金が欲しい、相応しいパートナーが欲しい、もっと自分に合った仕事が欲しいと思い続けていると、お金や相応しいパートナー、自分にあった仕事が「ある」状態ではなく、「欲しい状態=欠乏している状態」をくりかえし引き寄せます。
実際、無意識に考えていることのほうが、意識下の思考より遥かに頻繁で、しかも大きい(第四章参照)ため、無意識側がなんらかの不足を訴え続けているかぎり、永久にそれを満足させることはできません。
ですから、日頃からポジティブな「行動や態度」を示さねば、人生を好転させることはできないのです。
「行動や態度」とは、GPS(地球測位システム)のようなものです。
あなたが、なにかネガティブな問題に直面したとき、それに対してネガティブな「行動や態度」をとると、最悪の事態にむかって真っ逆さまに落ちてしまいます。
しかしそれに対して、無理矢理でもポジティブな「行動や態度」を示せば、あなた自身が軌道修正され、最悪の事態を回避することができます。
人という生き物は、まず考えて、次に発言し、最後に行動すると思われがちですが、その後手後手の行動がチャンスを逃します。
最高の自分なら、今何をするかを常に問いかけ、行動する癖を育てましょう。
この癖をつけることで、自然界から授かった強力な道具を、ポジティブなエネルギーを引き寄せる道具へとシフトさせることができます。
そしてさらに、自然界から授かった強力な道具は、自然とともに(ここでも自然則は重要です)、本来の目的のために使われるとき、最も威力を発揮します。
本来の目的とは、わたしたちが人生で触れ合うすべての生命のために、そしてあなた自身のために(この順序が重要)、幸せで平和な楽しい人生を送ることです。
つまりこの自然界から授かった強力な道具は、自分ではなく他者(もちろん、人間だけではありません)を高めること、他者を拡大させること、他者を豊かにすることを通して、自身を高め、拡大し、豊かにするような流れに対して、格別に大きな力を発揮します。
ですから、自分は世界に対して何が与えられるかを日々確認し、実践し続ける生き方を楽しもうではありませんか。
そんなあなたの放射する愛のエネルギーは、素敵な創造を繰り返すことでしょう。
幸せな人生とは、より多くを創造した歳巡りに他なりません。
創造が経験を生み、人生を豊かにするのです。
