無意識をハッピーに

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

最近、コトあるたびに、
チャイでブレイクしてます(笑)

ひかりあめで、「生活の木」の雑貨を扱っていた頃は、
チャイも仕入れていましたし、

個人的にも、かなり好きでしたので、
当時は、自分で購入して飲んでました。

昨年末に、雑貨の扱いを止めてから、
購入する場を失い、
そのままフェイドアウトしていたのですが、

先月、友人から、
オーガニックのチャイを頂戴し、
そのタイミングで、また火が点いちゃいました。

自分でも購入したいなと思いながら、
イオンモールのコーヒー豆ショップを覗いたところ、

オーガニックではないのですが、
チャイが数種類販売されていたので、
それ以来、定期的に購入するくらいハマってます(笑)

早朝に勉強を始める前や、
セッションの合間に頂きます。

10分くらい蒸らして、
無調整豆乳を加えて頂いています。

スパイシィな風味、
特に僕は、シナモンが好きなのですが、
リフッレシュ目的というより、

何と言っても、
リラックスできるのが有難いんです。

リフレッシュ!ですと、
交感神経を優位にする場合もありますが、

リラックスゥ~は、
副交感神経を喜ばせますよね。

ですから、大好きなチャイを飲みながら、
リラックスして、

そして、楽しい妄想をすればするほど、
自らの無意識に、
ハッピーな情報を送り込めます。

今朝、通いの猫たちに食事をあげていたとき、
今までにない幸福感に包まれ、

陽の登り始めた空を見上げたら、
温かい嬉し涙が、頬を伝いました。

無意識が、この新しい生活習慣で、
かなりハッピーになったんでしょうね。

とはいえ、カフェインを含みますので、
一日の上限は、せいぜい2杯ってとこですかね。

無意識は、知らぬ間に汚れるモノです。

そして、ネガティブな無意識が、
幸せを引き寄せるコトは、絶対にありません。

読者の貴方も、貴方好みの手段で、
無意識をハッピーにする、
素敵な生活習慣を見つけて下さいね。

不眠と身体次元

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

25日のメルマガで、最近飛来した、
ハーモニー船団の話題を取り上げました。

…と、同時に、

ほぼ、時を同じくして、
新しい生活習慣を取り入れたせいで、

23日から不眠が続いていました。

この新しい生活習慣は、
2023年の春から始める予定でしたが、

数日前の瞑想中に大胆な前倒しを示され、
そのために不眠になるコトも指摘されたのですが、

限りある寿命を活かすためにも、
意を決して始めるコトにしました。

その新習慣の内容については、
ココではお話ししませんが、

そのキッカケとなる出来事は、
2011年の誕生日(9月30日)に起こっていて、

5年6か月後となるその日に、
6年6ヵ月も前倒しして、
新習慣を始めるコトになったのです。

「不眠」と聞くと、病気のようですが、
単純に眠れないだけですので、

どうせならと思い、
リラックスして、夜の気配に感覚を研ぎ澄ますと、

緊張していたら気付かない、様々な刺激があるモノで、
たとえば、そんな情報の中には、
例によって「数字」や「音楽」もあって、

布団の中にいても、宇宙からのメッセージと、
触れ合うコトが出来るんだなぁと、
楽しめた4日間でもありました。

ところが、そのモードが、
昨日の深夜を境にパッタリとオフになって、

猫たちの朝食タイムの午前5時まで、
大爆睡するコトになったのです。

この年齢で、4日間も眠らず、
それでも日中眠くならないなんて、

ついに、心身の次元が、
大きく上昇するのか?!と、興味津々でしたが、

熟睡の後は、嘘のように爽快で、
まだまだ、3次元身体を楽しむコトになりそうです(笑)

そして、明けた早朝の北中城村は、
久しぶりに雨も上がって、

ウォーキングもでき、
上機嫌な一日がスタートしました。

午前中には、恩納の道の駅までドライブもして、
大好きなコーヒー豆もゲットできました。

少なくとも、このワクワク感を、
4月1日の0時16分、下弦の月まで持続させ、

世界調和への誓いを打ち立てる、
原動力とするつもりです。

ウォーキング瞑想

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

今朝、8時から2時間ほど、
ウォーキングをして来ました。

毎朝の15分ウォーキングは、
脊椎弛緩によるセルフケアが目的ですが、

月に一二度、こうして長時間歩くときは、
瞑想を兼ねて無心に歩きます。

北中城の自宅を出発し、
世界遺産の中城(なかぐすく)城を経由し、

中城村に入って、中城湾へと下りたら、
国道329号線を北上します。

北上中に再び北中城村に入ると、そこは熱田という集落で、

県道81号との交差点を左折し、
長い坂を登り切ると、自宅のある集落に戻ります。

起伏も多く、途中休憩を挟んで、
130分のウォーキング瞑想が可能なコースです。

もちろん、大好きなクバ笠を被って…。(笑)

今日は、国道329号線を素直に北上せず、
嗜好を変えて、熱田集落の中を歩いてみました。

それまでとは一変して、坂の無い歩きやすい場所で、

頭を五分に刈った少年が、
ブロック塀にサッカーボールを蹴り込んでいたり、

畑仕事をしていたらしい、ご年配のカップルが、
腰を下ろしたパイプ椅子から、手を振って下さったり、

部活に向かっているのであろう野球少年が、
乗っていた自転車から、
わざわざ降りて挨拶してくれたりと、

なかなか、微笑まし風景を見せてくれました。

そんな中、ある家の中から、
赤ちゃんの泣き声が聞こえました。

その途端、僕の目に涙があふれ、
今日の瞑想のテーマに対する応えが、返されたのです。

ひかりあめという店は、
開店当初は雑貨屋の屋号でオープンしていたにも関わらず、
※当時の屋号は「あったか雑貨・ひかりあめ」

その頃から既に、治療所的な傾向が強かったのですが、

11年目を迎えた今では、僕の成長を試すかのように、
クライアントさんの問題も、複雑になって来ています。

例え、通常の医療では、不治とされる難病でも、

原因から解決を試みる調和自然療法なら、
解決の糸口を見つけるコトができますので、

どんな症状を抱えた方がみえても、
僕は絶対に諦めませんが、

そんな中、最近「脳」の問題に、
多々出くわすようになりました。

昨日も、一日中、そのコトを考えながら、
人体解剖図を眺めて、ヒントを探していたのですが、

今朝のウォーキング瞑想の中で、
何か具体的な応えが得られるのではないかと、
期待して出かけていたのでした。

赤ちゃんの泣き声と一緒に、
どんな応えが返って来たのかについては、

ココでは長くなり過ぎますので説明しませんが、

とにかく、僕の最後の転生が、
自然療法家だという意味も、はっきり判った気がします。

ウォーキング瞑想のコツは、

このように、問題をしっかりと携えて、
関連する資料にも、穴が開く程目を通しておいて、

あとは、何も考えずに歩く!という姿勢が大切です。

一時間も歩くと、程良い疲労感とともに、
呼吸も自動的に、腹式に切り替わり、

心身がリラックスした状態になるモノです。

そこに、応えとなる天空の波動が下ろされ、
はっ!と気付くコトが出来るのです。

明日の投稿では、
その応えの、ほんの一部をご紹介しますね。

神との初対話

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

11日の早朝、驚くべきことが起こりました。

いつものように、お腹が空いたと主張する、
わが家の三姉妹猫たちのために起床し、

彼女たちのお手洗いを掃除し、
ご飯を用意し、
マッサージをしていました。

すると、三姉妹の中の、
後から加わった双子姉妹の内のポンが、

いつになく人懐っこく、
僕の傍でデングリガエリをしながら、
喉を鳴らすのです。

あんまり可愛いので、暫く彼女に付き合って、
掃除用の刷毛を使って遊んでいました。

10分くらい、遊んでいたと思います。

すると彼女が、日本語をしゃべったのです。

 うまく行ってるのだよ。

僕は思わず聞き返しましたが、
声の主は、ポンとしか思えないのです。

時刻は午前4時を、少し回ったころでした。

最近、光の革命の間では、
地球外生命体とのテレパシーコンタクトの実験をしており、
それが午前4時を指定されることが多いのですが、

もしかすると、ポンの身体を使って、
何かがメッセージをもたらそうとしているのかと思い、
メモを近くにおいて、瞑想をはじめたのです。

すると、

洪水のようなメッセージが、
頭の中に溢れ始めるではありませんか。

急いでメモを取ったのですが、
まったく間に合う速度ではありません。

A5サイズの紙に、殴り書きをすることになったのですが、
自分でも何を書いたのか判らなくなりそうでしたので、

少しでも覚えているうちの、
記憶している内容を、パソコンに入力しようと思い立ちました。

メッセージの洪水は止み、
僕自身も、落ち着きを取り戻したのですが、

せっかくの言葉の殆どを書き損ねたことに後悔し、
速記のスキルを勉強しておけば良かったと反省もしつつ、
パソコンの前に座ったのです。

すると、普段はシャットダウンして終えるはずのパソコンが、
スリープモードから迅速に立ち上がり、

さらに驚いたのは、
日本語エディタの白紙ページが、目の前に現れたのです。

あっけに取られつつも、
殴り書きの紙を見ながら、タイプをし始めると、

書き損ねた単語の選び間違いをすると、

 そうではない

…という言葉を「感じ」、

紙を見てはいるのですが、
僕の思考を無視して、指が勝手に文章をタイプするのです。

結局、A4の紙にびっしりの内容を、
全く思い出すという作業を必要とせず、
メッセージを書き綴ることに成功しました。

速記のスキルは、不要だったのです。

書き留めた内容を読むと、
地球外生命体からのメッセージではなく、

2004年からの十年間、
ひかりあめを守護して下さった存在からのものでした。

内容は、大きく分けて4つありました。

どれもこれも、この十年間、
僕が疑問に感じていたことへの答えでした。

当事者には気付けない、
でも、守護して下さった存在には判るであろう、
客観的な言葉の数々で、

読めば読むほど、心が安らぐのが判りました。

その後は、翌朝も、そして今朝も、
メッセージを感じていません。

答えは、求め続けるモノにもたらされるというのは、
どうやら本当のことのようです。

これも、自然則に沿った生活を送り続けて来たことへの
神様からのご褒美なのかもしれません。

ちなみに、このメッセージを受け取ることとは無関係に、
その日は髪を、ばっさり切るつもりでいたのですが、

予定通り、いつも利用する床屋に出かけ、
人生初の五分刈りにして頂きました。

鏡に映る自分が、慣れ親しんだ僕ではなくなり、
全く別の「ゆうすけ」が、誕生したような気分です。

起きているのに寝ている?

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

往々にして僕たちは、
余計なコトを考えている時、

今を見ていません。

思考…、つまり考え事の多くは、
過去を悔やんだり、懐かしがったり、

あるいは、起きてもいない未来のことに対して、
不安や恐れを抱いていたりと、

過去や未来ばかりを見ています。

もちろん、その内容がネガティブなコトばかりでは
ないかもしれませんが、

そうした考えに没頭すればするほど、
そちらの世界に埋没してしまいます。

つまり、今に居ながら、
過去や未来に意識をフォーカスさせているのです。

これって、夢を見ている状態と、
何ら変わりません。

ですから本人は、しっかり起きているつもりなのに、
脳内は夢を見ている状態と同じなのです。

そんな状態で、道を歩いたり、
まして、車を運転して安全でしょうか。

さらには、

歩いたり、車の運転をしたりというコト以外にも、
今を見ていない状態で何かに出会えば、

過去や未来の自分の尺度で、
今を判断をしてしまいます。

正しい判断ができるはずが、無いのです。

睡眠状態から目覚めるコトを覚醒と言い、
自身について悟るコトも覚醒と言いますが、

本当の意味で覚醒した状態とは、
ただ、目が開いていれば良いのではなく、

意識が、今、この瞬間になければならず、

そうでなければ、
危険でさえあるのです。

ですから、日頃から、
余計な思考を止めるワークをしましょう。

数日前の投稿と、
同じ締めになってしまいましたが、

そのワークとは、
別の名を瞑想と言います。

病は気から

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

薬害について真剣に学び始めてから、
自律神経と病気との関係について、
多くを知るコトになりました。

それらを踏まえて今日は、
(いにしえ)からの伝承、「病は気から」について
解き明かします。

ネガティブな感情が、どのような仕組で、
病や症状に発展するかを、
なるべく平易な表現で説明してみますね。

実際、心配ばかりしていると、
胃が痛くなる人は多いですし、

許せない思いが腰を傷めるというのも、
良く耳にする話しです。

例えば後者の場合、
本当の原因はメンタルにあるのに、
腰痛を訴えて整形外科を受診すると、

医師はレントゲン撮影をして、
その原因を椎間板の異常などと説明し、

状態が顕著であれば、
手術を勧めることもありますが、

手術をしても改善しないという話しも、
幾らでもあるモノです。

腰椎は、座仕事が大半を占める現代社会では、
正常な状態である人の方が圧倒的に少ないので、

病因を骨格異常に帰着させることは、
必ずしも正しくありません。

心の問題がまず起こり、
それが何らかの形で身体部位に対して、
痛みや痺れ等の指示を送り、

それを庇う形で生活をしているうちに、
結果として骨格異常に発展すると考えると、
辻褄が合います。

つまり、現代人の多くは、
身体メッセージの解釈を間違えているのです。

結果として起こっている
例えば骨格の問題等を物理的に修正したところで、
何の解決にもなりません。

実際の流れは、こうです。

自律神経は血流などの、
身体における不随意機能を管理しています。

例えば心臓の鼓動を、
意識の下で管理することは不可能ですから、

意識せずとも正常な動きを指示するコトが必要であり、
それを司るのが自律神経です。

脳がネガティブな感情を抱くと、
中枢神経のサブシステムである自律神経を介して、

標的と定めた組織への血流を制限し、
軽い酸素不足を起こさせます。

標的という表現が適切かどうか疑問ですが、
ある種の感情は、ある種の個性と関連しながら、
ある組織に影響しやすいと考えて下さい。

すると、血流の不足し始めたその部位の
有効な酸素量が不足し始めます。

充分な栄養を受け取れなくなったその部位が
筋肉や腱であれば、それは痛みとなり、

神経であれば、痛みや痺れ、
違和感や力の入らない状態となるのです。

これが症状という形での、人体の最初の表現ですが、
多くの人がこの身体メッセージを
軽視してしまうのです。

気が付けば、酸欠が進み、症状が深刻化し、

そのうち、問題を起こした当人にとっても、
メンタルからの訴えは二の次となり、
症状にばかり目が向くようになってしまいます。

これが現代医学における統計情報と合致すれば、
晴れて(?)病名が付くコトになり、

合致しなければ、
原因不明のストレス性疾患として
処理されてしまうのです。

何らかの違和感を身体に感じたなら、
この仕組みを思い出して下さい。

それは、あなたの抱いたネガティブな感情が、
もしくは、古くから抱いて手放せない
潜在意識側の感情が、

その部位に対して意図的な酸欠を、
企てはじめた兆候です。

ですから、病や症状を手放して
健康や幸せを手にするためには、

例え、どんな自分であっても、
自分の人生を受容し、
自身を愛するワークが必要なのです。

そのワークとは、
別の名を瞑想と言います。

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