僕が、主夫としての日常を楽しめる理由を考えてみました。
ご存知のように、主夫とは暮らしを支える存在です。
ですがこれは、漠然としたテーマでもありますよね。
丁寧な暮らし…という言葉を、ちまたではよく耳にしますが、なにを基準にしているんだろうと、僕はいつも疑問に思うのです。
僕は、料理も掃除も好きですし、早朝に洗濯物をたたむひとときも、とても心地よく、そこに義務や負担を感じません。
逆に、こうした家事と向き合っているときは、自身が無になれる特別な時間…と、さえ思えるんです。
猫たちの世話もしかりで、彼女たちがうれしそうに食事をほおばる姿をみていると、世話をしているというより、同じ空間を共有している感覚がつよく、ついつい顔がほころびます。
自分の好きな時間を、自分で演出して、とことん楽しめているのかもしれません。
意識しているワケではないので、説明がうまくできませんが、あえてたとえるなら、ギターを弾いているときの満足感に近いかも。
僕のギターは、ディープボウルのオベイション⬇️で、自然塗装のネックを握る左手、ライトゲージの弦をつまびく右手、そしてその音の拡がりをうけとめる胸は、最高の充実感を味わっています。
つまり、ギターを奏でている自分と、家事をしている自分の体感が似ているんです。
歌手時代の僕は、毎週のようにライブに参加していました。
弾き語りをしている自分は好きでしたが、喘息もちの僕にとって、お客様のタバコの煙はつらいばかりでした。
そう思うと、家事にはそうしたネガティブな要素はいっさいない、僕にとって理想的な環境といえそうです😊


