消えたトマトジュース/企業の探し求めた絶妙な塩の醍醐味を抹殺した昨今の暴走する健康志向

奇蹟を起こそう

光雨ゆうすけです。

自律神経調和のカギは、
自分を大好きになること。

この投稿が、
あなたがあなたを大好きになるための、
ヒントとなりますように。

食品売場から消えた塩分添加のトマトジュース

ブラディ・メアリーというカクテルがあります。

氷の入ったタンブラーにウオッカを注ぎ、
トマトジュースで満たしてステアするシンプルなカクテルです。
※シェークはしません

かつてはトマトジュースをはじめとした、
トマトベースの野菜ジュースには、

ほどよい塩分が添加されていました。

昨今の塩を敵視する健康志向のあおりをうけ、
最近の食品売場のトマトジュースに、
塩分添加の製品を見つけることはできません。

確かに塩分無添加のトマトジュースは、
トマト本来の甘味を楽しめます。

ですが、僕はきらいです。
というか、必要性を感じない。

トマト本来の甘味を楽しみたければ、
そのままのトマトを食べればイイのです。

25歳のアメリカ旅行で知ったブラディ・メアリー

僕は25歳のとき、
はじめてアメリカに渡りました。

産業用ロボット関連の企業数社から、
10名ほどのメンバーが集まり、
熟練添乗員さんの引率による視察旅行でした。

視察旅行の最後の夜、
ホテルのバーをのぞくと、

その添乗員さんがひとりで、
真っ赤なカクテルを楽しんでいました。

興味をもった僕は、
彼にそのカクテルの名前をたずねると、

彼はその由来から教えてくださいました。

それは、

16世紀の英国女王メアリー1世の名に端を発し、
熱心なカトリック信者だった彼女は、

女王即位後にプロテスタント信者300人を処刑し、
血まみれのメアリー(Bloody Mary)と呼ばれたのだとか。

トマトジュースと血を結びつける話しは、
古今東西色々ありますし、

何よりわが家の両親は、
トマトジュースを飲みながら、
ホラー映画を楽しむ変人夫婦でしたので、
※そのせいで僕はホラー嫌いです

その関係性に驚くことはなかったのですが、

自分もブラディ・メアリーをオーダーして飲んでみて、
トマトジュースの必要以上に濃厚なくちどけと、
(りん)としたウォッカの刺激、

そして何より、
絶妙な塩加減に驚いたのです。

添乗員さんは、
飲んでいる途中にタバスコや胡椒を加え、
味の変化を楽しんでいましたが、

僕はその、

残虐(ざんぎゃく)な名前をもちながら、
飲みごたえタップリの美しいカクテルに、
大きな衝撃をうけたのでした。

数日の視察旅行を終え、
家に帰ってその話しをしても、
家族全員がピンときていませんでした。

そもそもわが家では、
カクテルが話題にのぼることはありません。

父は日本酒の熱燗ばかり、
母は赤ワインばかり、
また嫁はアルコールを飲めなかったので、

仕方ないことです。

それならば再現しようと、
考えられる材料をそろえて挑戦し、
近い味のカクテルには仕上がったものの、

どこかしっくりきませんでした。

消えたトマトジュース

いつの間にか、
その熱もさめ、

日常におわれる日々を送って十数年経ったころ、

夢でブラディ・メアリーを思い出し、
急に飲みたくなりました。

ですが、

ワクワクしながら食品売場に出かけると、
棚に陳列されたトマトジュースは、
すべて塩分無添加のものばかりでした。

前述のとおり、
昨今の暴走気味の健康志向の犠牲となって、
塩分添加の商品が消えた
ことを知り、

自分で塩分を添加するはめになったのですが、
これがとんでもなく難しい。

そもそも、

ドロッとした粘度の高いトマトジュースに、
適正な塩分をあとから加えるなんて、
無理なはなしです。

ステアしたつもりでも塩は溶けておらず、
塩のかたまりを飲むはめになることもしばしば。

さらには温度の影響を受け、
何が正しいのかわからなくなる始末。

トマトベースの野菜ジュースを提供していた各社による、
長年の経験にもとずいた塩分バランスと、
その絶妙な添加の技法は、
しろうとにマネできるわけがない
のです。

あれから40年

25歳のときに経験した、
ブラディ・メアリーの衝撃は、

40年経った今でも、再現できていません。

そもそも僕の愛した、
塩分添加のトマトジュースが市場から消えましたし、

今の僕は脳症のせいで、
アルコールは飲めません。

ですから、
カクテルがどうのこうのいえる立場でもありません。

あの40年前の華やかともいえる記憶は、
天国にもっていくしかないようです。

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この記事の書き手

光雨ゆうすけ

沖縄本島を拠点とする日本最南端のナチュロパス(ナチュラルセラピーの専門家)。調和セラピー光雨主宰として2004年より21年間務めた。現在は、シンガーソングライタ、エッセイスト、簡単ヴィーガン料理家として活動中。1959年、東京都品川区出身。料理と掃除、猫たちとのひとときを愛する、典型的な乙女座気質。

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