疲れの正体

僕たちにとって、あまりにも身近な、
「疲れ」に関する興味深い実験があります。

疲れている動物から採取した血液を、
充分に休養した動物に注射すると、
あらゆる疲労の徴候が現れたと言うモノです。

疲労の徴候とは、筋肉やその他の器官から、

血液中に放出された毒素の働きによって、
生じたものであるコトを、この実験は証明しました。

また、疲労によって、
人の代謝が変わってしまうコトも、
臨床によって裏付けられています。

疲れている人は、呼吸がはやく、
瞳孔は開き加減で、
血圧は高く、白血球が増えています。

これらの肉体的徴候は、
睡眠をとってしっかり休んだ人や、
瞑想によって寛ぎの中にいる人とは、

それこそ、まったく逆の状態です。

健康だった人に、疲労が蓄積するのはなぜなのか、
そんな問題について、幾つかの説があります。

例えば、強い否定的な感情を抱くコトで、
身体が弱ったような気になり、
精神的な混乱から、疲労困憊になるという説は、

強力な感情のもたらす、
気力喪失の説明にはなりますが、
感情の起伏とは無関係な疲労の説明にはなりません。

疲労とは、一種の警告であって、
その症状は自己防衛であるとする心理学的説もあり、

態度や活動が激し過ぎたり、
長く続き過ぎたりしたとき、

疲労症状を現すコトで、そうした問題の深さを、
当人に伝えているというモノです。

さらには、自身の内にある、
受け容れ難い姿勢や考えに注目して、
そこに疲労の原因を見出そうとする説もあります。

人間は、そうした考えを抑制し、
秘密にしようとするのですが、

そこにはかなりのエネルギー消費が強いられるため、
その力が底をついたときに、
肉体的徴候となって現れるというモノです。

この他にも、特に心理学者たちからは、
矛盾し合うような意見も、多数寄せられていますが、

転生の奇蹟を思い出せば、
疲労の正体は、シンプルに説明できます。

特に人間にとっての疲労とは、

はっきりとした生きる目的を、
持っていない、もしくは見失った時に抱えるモノです。

つまり、魂との約束を、
心が無視した状態の身体に起こるモノなのです。

数年前、あるビジネスマン風の男性が、
ひかりあめの店頭にフラッとあらわれ、
開口一番、こうおっしゃいました。

 毎日、毎日、
 疲れてしょうがないんだ。

 表の看板が気になって、入って来たんだけど、
 こんな僕に、何かイイ薬は無いですか?

当時のひかりあめの看板には、
店名や営業時間と一緒に、

 薬も、通院も、要らない暮らしへ。
 心身に優しい、調和自然療法のお店。

…と、書かれていました。

僕は、こう応えました。

 あなた、今の仕事、気に入ってないでしょう。
 好きな仕事じゃ、ありませんよね。

彼は、一瞬驚いた顔を見せましたが、
すぐに気を取り直し、こう返したのです。

 例えそうだとしても、それを我慢して、
 毎日取り組むのが、大人ってもんでしょう。

この遣り取りこそ、疲労の仕組みを教えてくれています。

そして、彼のそんな観念こそ、
一般社会においては、常識なのかもしれません。

気に入っていない仕事、好きでもない仕事を、
我慢して受け容れる姿勢が、立派な大人の証しだなんて、

社会が疲労し切っている証拠ではないでしょうか。

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