愛と不安【第2話】

陰化した愛を陽化させる具体的な方法をお話しする前に、
なぜ陰化したのかを、考えなければなりません。

昨日のブログの内容を復習しましょう。
環境因子が、愛を陰化させたのだと思っていませんか?

それでは、読み間違いです。

環境に対して、
自分自身が愛を陰化させる反応をしたのです。

環境とは、多くの人々に対して、基本的には公平に存在します。

そんな中で、陰化させる人とさせない人が存在し、
さらに興味深いことに、その陰化の程度も異なるのです。

つまり陰化の度合いは、人それぞれであり、
その気になれば陰化せずにすむ場合もあります。

これを言い替えるなら、
陰化を食い止めるために必要なツールを
使っているか否かということになります。

その究極のツールとは、感謝です。

僕たちは何等かの被害を受けると、
受けた害にばかりフォーカスする傾向がありますが、

感謝のツールを使える人は、
この場面を巧みに乗り切ります。

先日来所された、ご年配んの女性は、
左足を酷い痛みに襲われ、

お手洗いに行くのに、
四つん這いの格好で2時間かかったそうです。

そして、この体験を通じ、
この先の自分に対して、強い不安を抱いたというのです。

急な痛みに襲われたひとりの人間として
ある意味当然の反応のように感じるかもしれませんが、

だからこそ状況は悪化するのであり、
深刻になるのです。

愛を、陰化させるだけさせておいて、
感謝のツールを、全く使っていないからです。

確かに2時間かかったかもしれませんが、
痛みに襲われなかった右足と両手を巧みに使って、

お手洗いに自力で行くことができたという事実に、
彼女は感謝すべきだったのです。

気付きましょう。

当たり前に存在する健康や幸せに対して、
僕たちはあまりにも無頓着です。

もっと、感謝を深める生き方を選びましょう。

このように、血流に異常のある方が、
急激な気温の変化で、
激痛を感じるということは珍しくありません。

しかし、

確かに環境がそうさせたのかもしれないけれど、
血流を悪くする生活習慣に、

甘んじていたのは、他ならぬ自分自身です。

そして、めまぐるしい日常を支えてきた身体に対して
感謝せずにいたのも自分自身です。

このようにして、感謝のツールを使い損ねると、
愛は陰化して不安となるのです。

→明日に続く

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