僕を調和療法家に転身させた経験/パニック障害を僅か2週間のフラワーレメディ服用と徹底減食で克服する

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

僕は昭和34年に、東京で生まれました。
目黒の下町出身ですが、いわゆる江戸っ子ではありません。

4年前、87歳で亡くなった父は仙台出身、
今年85歳を迎えた母は大分出身で、

初代南極観測船「宗谷」の誕生した現場で、
二人は出会って恋に落ち、僕が生まれました。

僕は現在、沖縄本島中部の北中城村に、
小さな治療所「ひかりあめ」を構え、

独自に「調和療法」と名付けた、
純菜食や発酵食を活用した食事療法や、

緩いウォーキングを軸とする運動療法を含む、
身体に優しい様々な自然療法を駆使しながら、

ご利用者の疾病と向き合い、
未来を共有させて頂く日々を送っています。
※これらはカウンセリングセッションにてご提供します

最も利用される方の多い花療法ボトル調合では、
後述するフラワーレメディのマイボトルを手軽にお作り頂け、

本セッションに限っては、
予約不要のメールセッションもご用意しており、

また、ときには、
古典占星術をベースとしたホロスコープ療法で、
その人の現世の在り方を探り出すお手伝いをしたり、

オステオパシィというエネルギーワークでは、
自律神経の正常化をはかりもします。

さらには、治療の一環として
弾き語りを取り入れたりもする、
少々変わったセラピストです。

なぜ、僕が調和療法家になったのかについて、
今日はお伝えしたいと思います。

パニック障害を患いフラワーレメディと出会う

今から18年前の西暦2000年12月、
当時の勤務先を退職し、

転勤先だった関西から、愛娘と二人で
沖縄へと移住して来ました。

今でこそセラピストを生業としていますが、
それ以前の20年間は、
現職とは対照的なロボットエンジニアでした。

沖縄への移住直後から
治療所を構えることになるまでの数年間、
シンガーソングライターや
エッセイストとして活動していましたが、

自分らしくない大きな失敗が引き金となって
パニック障害を患ってしまいます。

この障害は、昨今では珍しい病気ではないかもしれません。

言い知れぬ怖さに、
一時的とは言え交感神経が極度に高ぶり、
呼吸困難な状態に陥ってしまうものです。

そのため、医学的には精神安定剤が多用され、
不眠を伴う場合は睡眠薬も処方されますが、

そのときの僕は、心療内科を訪れようとはせず、
自然療法に活路を見出そうとしていました。

当時の僕の周囲には、心身症治療薬を
日々服用している知人が何人もいましたが、

彼らの症状は好転するどころか、
複雑化しているようにしか見えなかったのも、
僕が自然療法を選んだ一因でした。

もし僕が、理工系の人間でなかったなら、

自身に降りかかった障害を、
現代医学に委ねていたかもしれませんが、

ロボット工学という
科学技術の最先端の現場にいたからこそ、
現代医療や薬学の矛盾に気付くことができ、

さらには、自身を癒す真の答えを自然界に求めた気がします。

つまり、科学が僕を癒せるとは全く思えなかったけれど、
自然界には何等かの答えがあると確信できたのです。

そんな中、英国生まれの自然療法、
フラワーレメディと出会えたのは不幸中の幸いでした。

インターネットで、その情報を見つけた当時、
この療法をきちんと説明するサイトは皆無でした。

国によっては医療認可されている事実もありながら、
プラシーボと一笑するサイトも多かったのですが、

僕は純粋に試してみようと思ったのです。

フラワーレメディとは…

以下は、拙著「本気で★フラワーレメディ」からの引用です。

英国人医師であり、細菌学者でもあった、エドワード・バッチ(1928~1936)の完成させた安全かつシンプルな自然療法。世界六十数カ国で愛用される、微細エネルギー医療の一つ。野生植物から作られた38種類のレメディ(治療薬)を用い、感情のバランスを整え、生命を包括的に癒そうとするもの。科学的実証ができないため、日本では医療として扱われなかったが、世界中に驚くべき臨床例は存在する。

簡単に言うなら、

イライラ、落ち込み、失望、ショック、
怒り、疑念、不安、迷い…などなど、

誰もが感じるであろう心の状態に対して、
38種類のレメディから、数種類を選んで調合し、

それを毎日数回摂取することによって、
本来のメンタルバランスを取り戻そうとするものです。

→フラワーレメディの一週間無料メール講座

一般的に、そのレメディ選びは、
プロセラピストに任せるケースが多いようですが、

何も知らなかった僕は、自分で自分のメンタルを掘り下げ、
ロックローズ、アスペン、ゴースの3レメディを入手し、

その小瓶のラベルに記載されていたとおりに、
一日に数回の服用をはじめました。

当時、調合という使い方を知らなかった僕は、
ストックボトル(未希釈のレメディボトル)3本から、
原液のまま2滴ずつ服用しました。

そして、そんな超自己流のレメディ治療と並行して、
あるインスピレーションから、

ちょっとした冒険にも、チャレンジしてみたのです。

身体の声を傾聴し食事量を極端に減らした

僕は、料理を趣味とする人間ですので、
食べることは大好きなのですが、

子供の頃から体調の優れないダルさには人一倍敏感で、
そのため、そんな身体症状から、
今は何も食べないで欲しい…というメッセージを汲み取ったのです。

言い替えるなら、
中途半端な食事で胃腸に負担を掛けるより、

良質な水分摂取と腹式呼吸に
意識を向けるべきだと直感したのでした。

「断食」という言葉が示すように、
人は食べなくても、ある程度持ち堪えられますが、

水分摂取と呼吸は、
それがなくなると、生命維持もままなりません。

ポット型浄水器で濾過した
ミネラルウォーターをゆっくりと飲み、

家事の合間を縫って仰向けに横たわり、
腹式の深呼吸を励行したのです。

人間は、仰向けの状態でリッラクスすると、
自動的に腹式呼吸をし始めます。

地球を背中に背負い、宇宙に身体を解放した姿勢、
それが「仰向けの状態」です。

喘息持ちでもあった僕は、
気を抜くと、つい胸式呼吸をしてしまうのですが、

仰向けになるとそれが自制されることを、
経験上知っていました。

こうした自己治療を数日続けたところ、
面白いように排便が促進され、
スムーズに身体が浄化される感覚を得たのです。

かつて経験の無かった身体の軽さや、
意識の透明感が、それを教えてくれました。

そして、フラワーレメディの小瓶が空になった2週間後、
僕はパニック障害を手放せていたのです。

この間、僕の一日の食事は、
長野の親戚から届いたスモモ2個でした。

特に旬の果物は、消化吸収に胃腸を疲弊させることなく、
必要なエネルギーを与えてくれる素晴らしい食材です。

こうして僕は、精神安定剤も睡眠剤も使わずに、
僅か2週間という短期間で、
健康な自分を取り戻すことに成功したのです。

自然則を体感した、まさに、はじめの一歩でした。

そして、このときの濃い経験が、
僕を治療家に転身させることになりました。

自然との調和で得られる感動を、
独り占めにすることはしたくありませんでした。

その後、調和療法家として生きたこの14年間で、
パニック障害を克服したとき同様に、
薬を一切使用せず、重度の喘息を快癒させ、

さらには27年間(実際には57年間かもしれません)苦しんだ、
乾癬という難治性の皮膚病とも決別できました。

また、ついでに、
通算で35キロの減量にも成功しており、
身体年齢は実年齢マイナス30歳を維持しています。

これらの自己治療の大きな流れを俯瞰するなら、

それは治療というより、
生き方や在り方のシフトと言うべきでした。

グルテンフリーで玄米菜食を基本とした少なめな食事、
脊椎を弛緩する軽いウォーキングの励行、

そして、明るい考え方と言動が、
僕がこれらの問題を克服できた、最大のポイントだと思います。

そして、これらに加え、

喘息の克服には、毎朝の冷水シャワー、
さらに乾癬の克服には、塩浴を加わえました。

これらの、喘息と乾癬の自己治療の詳細については、
次回の投稿で、しっかりとお話しさせて頂きます。

当然のことですが、治療家が健康でなければ、
説得力がありませんからね。

これからも、こうした生き方を楽しみ、
多くの人々に希望を与える存在でありたいと願うばかりです。

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