消えた徳用マッチ

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

今から半世紀前のお話しです。

僕には年の離れた妹がいますが、
それは、彼女が生まれる前のコトでした。

当時の一般家庭では、夏は扇風機、
冬は石油ストーブが定番の空調設備でした。

両親とも煙草を吸わなかったのですが、
冬の石油ストーブの着火のために、
わが家にはマッチが常備されていました。

インターネットで調べたところ、
まだ販売されていると知り驚きましたが、
まさにこのマッチでした。

通称、「徳用マッチ」です。

この箱の中には、約800本ものマッチが入っているそうです。

幅が10センチ、高さが5センチくらいの、
結構な大きさのマッチ箱です。

箱のサイドでマッチの頭を擦ると、
着火するようになっています。

その年の冬、母親が石油ストーブを使おうと、
このマッチを探したのですが、
箱だけ見つかり、中身が空っぽでした。

買い物のついでに、新しい徳用マッチを購入し、
使い始めたのですが、

一週間もすると、また中身がなくなっている…。

この事件の犯人は、当時5歳の僕でした。

わが家は、四畳半の寝室と六畳の居間の二間が畳間で、
三畳のダイニングが洋間だったのですが、

わが家にある合計11枚の畳の隙間に、
徳用マッチの中身のすべてを、
僕が埋め込んだのです。

親に気付かれぬよう、黙々と、そして淡々と、
1000本以上のマッチを埋め込んだワケです。

5歳とは思えない、緻密で正確な埋め込みだったそうで、
そこに大量のマッチがあることに
気付いた母親は驚愕しました。

だって、1000本以上のマッチの眠る畳の上で、
ストーブも使い、食事もし、
布団を敷いて寝ていたのですから。

すべてのマッチの回収も大変です。

畳を上げねばならないからです。

当時の父は、電車で片道2時間かけて、
他県の会社に勤務していましたので、

自宅を守っていた主婦である母親ひとりが、
マッチを回収せねばなりません。

父の夜遅い帰宅や、彼の次の休日を、
待つワケには行きませんでした。

マッチの上で生活するなんて、危険この上ないからです。

だけど、自分ひとりでは、回収し切れそうもない。

そこで母親は、畳を上げる作業は諦め、
竹串を使って数十本だけを回収し、
それをブリキのバケツに入れ、

僕を呼び寄せて、ある実験をするコトにしました。

マッチがどれだけ危険なのかを、
僕に知らしめるための実験でした。

ブリキバケツの中に
無造作に置かれた数十本のマッチに、

彼女は火のついたマッチを放り込んだのです。

その実験の結果は、
彼女にとっても予想外だったようで、

ブリキバケツの中のマッチは、
大きな青い火炎を瞬間的に放ち、
何と、きのこ雲まで上がったのです。

観ていた僕も、実験をした母親も、
腰が抜けるほど驚きました。

火はすぐに消えたのですが、
周囲には、マッチの燃えた異臭が立ち込めてしまい、

季節外れの扇風機を換気扇代わりに使って、
寒い思いをして空気を入れ替えねばなりませんでした。

そして、その日から、父親の次の休日まで、
どんなに寒くてもストーブは焚かず、

僕は反省せざるを得なかったのです。

ただ、その反省は、少し方向性が違っていました。

マッチを埋め込む遊びは、危ないからもう止めよう、
次からは、つま楊枝にしよう。

今日の午前中、

冬物の上着の毛玉を取ることになり、
メガネをかけて、黙々とそんな作業をしていたら、

なぜか、その日の、きのこ雲を思い出し、
苦笑している僕がいました。

黙々と、淡々と、コツコツと…。

そんな僕の特徴的な性格は、
5歳の頃から発揮されていたようです。

マッチ一本、火事のもと。
マッチ数十本、きのこ雲。

おそまつ(笑)

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