花療法とその背景【第2話】

それでは、
最初の謎に向き合ってみましょう。

レメディを6種から7種まで
選ぶことができるという根拠は、
どこから来ているのでしょうか。

そして、どうして6種から7種という、
中途半端な設定なのでしょう。

それは、1933年に発刊された、
会報誌「ヒール・ザイセルフ」の2月号に、
見つけ出すことができます。

エドワードは、その前年に、
シリーズの基礎となる12種類のレメディを完成させました。

フラワーレメディによる治療を、
本格的に始める準備の整った彼は、
この療法を新聞広告に打つという暴挙に出ます。

広く告知する目的で行った、
彼のこの行為は、

医師による広告を禁じていた英国医師会から、
当然のようにクレームを投じられましたが、

西洋医学に対する興味を、
完全に失っていた彼にとっては、

人々にフラワーレメディを知らしめることこそが大切であり、
将来、自身の医師免許が剥奪されることになっても、
構わない覚悟が、既にできていたようです。

彼のこうした言動によって、
その療法の存在を確かめようとした大衆から、
エドワードは沢山の問合せを受けることになり、

そうした対応のひとつとして、
独自の会報誌を発刊することになりました。

この時の文章は、次のように始まっています。

The twelve remedies
which I have been working on for the last five years
are proving so wonderful in their curative results

and they are bringing health to so-called incurables,
even where homeopathic treatment has failed,

that I am endeavouring to make the prescribing so simple
that they can be used by all lay people.

過去5年に渡って研究してきた12種のレメディは、
病気の治療に素晴らしい効果を証明し続けています。

ホメオパシーの治療さえうまくいかなかった、いわゆる不治の病でも、
非常に多くの患者が健康を取り戻しました。

私は、医療を専門としない人も、皆がレメディを使えるくらい、
簡単な処方となるよう努めています。

太陽法の確立した1930年には、エドワード・バッチは、
彼に名声を与えた独自のノソード療法も止めており、
ホメオパシィとも決別した状態でした。

西洋医学でもなく、ホメオパシィとも異なる、
新しい発想のシンプルで安全な療法が、

大自然を背景に誕生したことを、
彼は宣言しているように見えます。

そして、この会報誌では、
彼の発見した12種類のレメディを紹介した後に、
問題への答えとなる文章が記されています。

As the patient improves,
it will often be found necessary to change
the remedy as his state changes,

and in some cases even as many as
half a dozen different herbs may be required.

患者が回復するに従い、症状の変化に応じて、
レメディを変えることが度々必要になります。

場合によっては、半ダースほどの
異なったハーブが必要になることもあります。

彼の用意した基本レメディ数である12は、
一年の月の数や、星座12宮とも関係し、
イエス・キリストの使途の数とも同じですが、

12という数は、言い換えるなら1ダースです。

つまり、彼がこの時点で用意していた
1ダースのレメディの半数となる6種前後は、
一度に処方しても良いと、彼は言っているのです。

こうなると、次に疑問となるモノは、
レメディの最大処方数ですが、

これに関しても、6種前後という目安はあるものの、
彼自身も、その臨床の中で、
例外的なケースを遺しています。

エドワードの遺した処方メモの中で、
Miss Breedonには、9種のレメディを、

そして、Miss Mountfordへの処方にも、
別の9種のレメディが記されています。

このうち前者には、
レスキュー・コンビネーションが含まれますが、
後者は、そうではありません。

波動療法である以上、
多過ぎるレメディが雑音化してしまう点については、

自著や講座で説明していますが、

このように、必要に応じて
自由度の高い処方を検討しても良いようです。

→月曜日に続く

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