魔法の30日間を終えて

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

一か月前、僕はFacebookを通じて、
「魔法の30日」への参加を呼びかけました。

予想以上に賛同された方が多く、
彼ら(全て女性でしたので、彼女たち…)が、
どんな30日を過ごされたのか、

興味津々です(笑)

30日間、否定的な言葉を一切使わずに過ごし、
どんな魔法が起こるか、
一緒に体験しようと言うものでした。

非現実的になろうとか、
楽観的になろうとか、

そんな話しではなく、

自身の感情を方向付ける力を持つ自らの言葉を、
意識して使ってみよう!という提案でした。

この目標を掲げた状態で、30日間を過ごしてみて、
実際に、魔法の予感は幾つかありました。

厳密には、否定的な言葉が出掛った時に、
殆ど自動的に、形容詞変換が起こって、

その瞬間に沸き上がる感情の質が、
穏やかになったり、場合によっては輝いたりしたのです。

そして、

 ははあ、このタイミングで、
 こんな言葉の使い方もアリなんだなあ…、

…とか、

 こんな表現の仕方をすれば、
 ネガティブさの欠片もないぞ…、

…のように、

低次のエネルギーを放射しそうな場面で、
反対に高次の波動を放てたことで、

喜んでいる自分がいて、
そんな自分が、何かと繋がって、
そっちに引っ張られる感じたがしたのです。

きっと、繋がった先は、
現在進行形で成長中の、「新地球」でしょう。

「魔法」というより、
「不思議な体験」という方が正しそうです。

ですが、こうした体験が続けば、
きっと、「魔法」も「奇蹟」も、

起こるべくして起こるだろう!という、
そんな確信も持てました。

ですから、30日間で終えるコト無く、

この後も継続して、
自分の放つ言葉に意識し続けます。

そして、これと関連することなので、
今日は、もう一つお話しさせて下さい。

僕の投稿やメルマガ、ホームページの文章など、
読んで頂ければ判るコトなのですが、

僕は、極力、
「思います」という言葉で、
文章を締め括りません。

これは、僕が30代を迎えてから、
特に意識しているコトです。

例えば、高校野球などで、

県予選を勝ち抜いたチームが、
内地で行われる全国大会に向かうとき、

空港などで記者団に囲まれて質問を受け、
こう応える風景を、テレビ等で見かけるはずです。

 はい。
 精一杯、プレイしたいと思います。

僕は、この応えに違和感を覚えるのです。

他ならぬ、自分自身のコトなのに、
どうして彼らは、「プレイします」と断定せず、

「思います」という不確定な言葉で、
大切なメッセージを締め括るのでしょうか?

気にして聴いていると、
こうした言葉遣いを常用している人は、
大人や、プロのスポーツ選手でも案外多く、

その分、せっかくの波動も、
ボヤケてしまっているのです。

自分の放つ言葉が、
自らの生きる姿勢を直接語るのですから、

今を生きる人間としての、最高のパフォーマンスを、
自ら演出して、引き出す癖をつけたいモノです。

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