新しい「齋藤」

ゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

昨日の定休日、いつものように、
朝のウォーキングに行こうと玄関を出ると小雨模様。

どうしようかな…と、

玄関の軒下で、暫くボォーとしてると、
わが家の「齋藤」の表札に、目が留まりました。

僕は、本名を「齋藤暢弘(さいとうのぶひろ)」と言います。

メール講座や著作を読まれた方は、ご存知のことですが、
すっかり定着している「ゆうすけ」とは、
歌手時代の芸名です。

この家には、2010年の春から暮らしていますが、
その表札は、当時のパートナーからプレゼントされたものです。

購入当時は、もちろん綺麗でしたが、
数か月もしないうちに、表面の艶が無くなり、
風雨に打たれて、劣化がどんどん進みました。

そうこうしているうちに、翌年の春、
彼女が最初の精神疾患を患って入院し、

その後、昨年の秋までに、
3回の入退院を繰り返し、

彼女の管理責任について、彼女の両親から散々責められ、
離婚に至ったのが昨年末。

3度目の入院の前には、
僕たちのパートナーシップに、限界を感じていたのですが、

ふと気付けば、その表札は、見るも無残な状態で、
まるで、当時の僕を象徴するかのようでした。

新しく交換したくても、
建物本体に強力な接着剤で固定されており、

取り外すことすら困難な状態でした。

そんな、苦しかった4年の歴史を思い出しながら、
ヨレヨレになった表札を見つめていると、

先日亡くなった父親が出て来て、
※しかも、かなりリアルに…

自分の道具箱に紙ヤスリが入っているから、
表札の表面を丁寧に磨きなさいと、僕に目くばせをします。

父の道具箱とは、エンジニアだった彼の現役時代、
沖縄出張の際に、機械修理するための道具を、
僕の家に一式置いてあったものです。

紙ヤスリなんて、あったかなと思いながら、
道具箱を開けてみると、確かに一枚入っていて、

ヤスリを掛けるのに丁度良いサイズの
当て板まで入っていました。

それから小一時間、父の助言に従い、
淡々とヤスリを掛けました。

はじめは、やっても無駄なように見えましたが、

30分程経過した頃には、綺麗な木目が見え始め、
1時間後には、見違える程に美しくなりました。

しかし、このまま放っておいては、
また、すぐに劣化してしまいます。

DIYセンターで市販されている、色々な保護剤を、
以前の家で試した経験がありますが、

沖縄の強烈な日光と風雨には、
どんな表面コーティング剤も、歯が立ちませんでした。

その時、ふと思い出したのが、
木製の食器をメンテナンスする時に使う亜麻仁油です。

この油で、木製食器同様に、
コマメにメンテナンスしてやれば、
良いじゃないかと、思い付いたのです。

まさに、日頃の料理から湧いた智恵です。

料理用の有機亜麻仁油を、
不織布製のキッチンクロスに少量付け、
丁寧に表札を磨き込んでやると…、

…こんなに、綺麗に蘇りました。

親父の掌が、僕の右肩にあるのを感じたのを最後に、
彼の気配は消えましたが、

新しい「齋藤」の歴史が、
始まったんだなという実感、

人生に対する嬉しさと喜びで、
心身が満たされるのが判りました。

僕は、今回の父の葬儀では、
一度も涙を流しませんでした。

死の本質を知っていることは、確かですが、

周囲の親族が皆泣いているのに、
きっと非情な人間に映ったコトでしょう。

色々苦労させられた父でしたが、

沖縄の好きな人だったので、
四十九日までは、
こうして一緒にココに居るんだろうと思うと、

嬉し涙が、込み上げて来ました。
やはり僕も、人の子でした。