猫の言葉/人の言葉

わが家の家猫3姉妹の長女チアさんは、

次女の通っていた高校の裏山に
捨てられていたところを担任教師に拾われ、
わが家に辿り着きました。

生後10日前後の、
まだ開眼さえしていない赤ちゃんで、

足腰もしっかりしておらず、
低体温状態にも陥っていました。

お湯を張ったタッパーをタオルでくるみ、
その上で寝かせると、
幸せそうにスヤスヤと眠りました。

猫用ミルクを哺乳瓶で元気良く飲み始めたとき、
そして、立派な大便をしたときには、

本当に嬉しくて涙が出ました。

僕がミルクをあげているときに開眼した彼女は、
その日以来、僕のコトを、
親だと確信して生きている気がします。

僕も、彼女を本当の娘のように思っていますから、
この関係は本物でしょう。

あれから14年が経過し、
特に外出したがらなかった彼女は、
家猫として育ちました。

わが家の家族とも仲良く、
そして、ひかりあめを訪れる利用者の皆様にも、
とても愛されています。

前述のとおり、彼女は外出しませんので、
毎日出会うのは人間ばかりですから、

動物病院で出会う他の猫や犬に対して、
怪訝(けげん)な反応をします。

誰?アナタたち?
…って、感じです。

つまり彼女は、
自分のコトを猫と思っていないのです。

そして、最も不思議な点は、

親猫不在で育ったという背景を持ちながら、
彼女は立派な猫語をしゃべるのですが、

僕に話しかける時は、
何だか様子が違います。

この点について、
あまり深く考えたコトは、無かったのですが、

もしかすると、僕とのコミュニケーションで、
彼女が身に付けた人間の言葉を、

ネコの声帯で発声しているのではないのでしょうか。

そうだとすると、説明の付くコトがあります。

話し掛けて来る彼女に対して、
猫のマネをして返答するより、

普段通りの人間の言葉で応えた方が、
彼女は納得の表情を浮かべる点がです。

これは、僕が猫語を喋れるようになったのではなく、

彼女が人間の言葉を、
手に入れたと言うべきでしょう。

やれば、出来るモノです。

人間である僕たちも、
見習わねばなりませんね。

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子供の頃の記憶

今日は、子育てに張り切っている、
若いお父さん、お母さんへのメッセージです。

核家族化の進んだ現代では、
老夫婦が一緒に、
もしくは近くに暮らしながら、

孫を教育するコトは殆ど無くなりました。

言い換えるなら、
大人として未熟な若い両親が、

模索しながら子育てに励んでいる状態です。

これは、絵的には微笑ましいかもしれませんが、
沢山の矛盾をはらみかねません。

第一の問題は、たった今言及したばかりですが、

子育てをしている当人たちが、
まだまだ成長過程だという点です。

実際、占星術の世界では、
出生の土星が黄道十二宮を一巡する
生後29.5年目を成人としていますが、

これは色々な意味で説得力のある数です。

続く第二の問題は、
そうした子育て上の未知の領域を、

マスコミや学校、行政を通じて、
若い親たちは情報収集するしかないという点です。

そのせいで、昔だったなら、
単なる「元気な子」として扱われたはずの子供が、

集団教育に適さないという理由だけで、
病名を付けられてしまうことも珍しくありません。

さらに第三の問題は、
家族の規模が小さいため、

その家庭で生まれた小さな障壁を、
大げさに捉えて、
越えられなくなってしまう点です。

家族一人の悩みが、
家族全員の悩みになってしまいかねないのです。

問題は、他にもありますが、

現状の悪い点を列挙したい記事ではありませんので、
このくらいにしておきましょう。

ここからは、
問題解決のためのヒントをご提供します。

少々大袈裟に聴こえるかもしれませんが、
こうした慢性的とも言える問題を、

それは見事に解決するヒントです。

そのヒントは、僕たちの子供の頃の記憶にあります。

僕たちは例外なく、
子供時代を体験して大人になったんですよね。

子供の頃の自分を、思い出しましょう。

両親の悲しそうな顔や、
歯を食い縛って何かに耐えている顔を見たとき、

あなたは幸せだったでしょうか。

嬉しそうな顔をしているけれど、
本当は泣きたいんだろうなと、

親の気持ちを察したコトもありましたよね。

一方、心底楽しそうにしている両親を見たときは、
自分までハッピーな気持ちになったはずですし、

一緒に遊んだ想い出は、
かけがえの無い宝物だったはずです。

それなのに、自分が親になった途端、
まるで、自分が子供だったコトを忘れたかのように、

現代の若い親たちは、
世間体に振り回され始めます。

おかしいと思いませんか。

自分が子供だった頃、
親にして欲しくなかったコトを、

今の自分がしているという事実に気付いたなら、
一刻も早く、その状態から抜け出しましょう。

「子供のために」を合言葉に、
趣味さえ捨てた余裕の無い日々は、

結局、子供のためにはならないのです。

子供が進んでマネをしたくなるような、
魅力一杯の親になりたいものです。

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四十肩とオステオパシィ

今から45年前のコトです。

高校1年生だった僕のクラス担任は、
古文を教えるM先生でした。

当時40代後半だった、小柄な男性です。

授業はもちろん、
生徒たちとの接し方も厳しく、
まさに、古き良き先生の代表格的な存在でした。

そんな彼は、授業が終ると、
黒板に書いた文字を辛そうに消した後、

右腕を肩の高さで回しながら、
眉間にシワを寄せていたので、

興味を持った僕は、
その仕草の理由を彼に尋ねたのです。

 腕が上がらないのさ。
 四十肩って言うんだ。
 年を取ると、みんながなる病気だよ。

彼の説明によると、

前方からは右腕を旋回でき、
それなりの高さまで腕を上げられるのに、

側方からは殆ど上がらないと言う、

15歳でピチピチの身体の僕たちには
到底理解不能な症状に、
M先生は日々悩まれていたのです。

加齢とは恐ろしいな、という印象が、
若い僕の脳裏に焼き付いたのは、
言うまでもありません。

それから39年が経過した6年前、

その間にロボットエンジニアや歌手を経験し、
治療家として落ち着いた僕でしたが、

自らの乾癬治療を通じて知り得た
エドガー・ケイシィの言葉にヒントを得て、

クラシカル・オステオパシィを学ぶチャンスに恵まれました。

人間の生活習慣は、
骨格の変形をも招きますが、

その結果、慢性化してしまった身体問題を、
この手技は解決してくれます。

M先生の患っていた四十肩は、
まさにその好例です。

日々の姿勢の悪さや運動不足が、
肩甲骨や鎖骨を癒合させてしまい、

動きが制限され、
痛みを伴うようになった状態が
この症状であり、

M先生も例外ではありませんでした。

この手技で、
こうした肩の問題を解決するためには、

腰椎の4番、5番と、
胸椎の1番、2番、6番、
頚椎の4番から7番と、
肋骨の1番、2番の弛緩を行います。

これらを正常に動くようにすることで、
この症状は改善しますが、

実際に行うことは、
各部位の動きの鈍い方向を探し出し、

その反対方向に、
数グラム程度のベクトル性の刺激を与え、
正しく機能するように調整します。

施術をしていると、
リンパの流れが改善され、
指先から脈動として伝わって来るのですが、

生命の息吹を感じる、
それはそれは、素敵な瞬間です。

数グラムの力ですから、
腕力は全く不要ですが、

骨格の微細なズレを検知したり、
こうした施術中の脈動を感じたりするために、

指先が生体センサーとして機能するよう、
その感度に磨きをかけねばなりません。

大好きなアコースティック・ギターの演奏や、
エネルギー査定にも通じる手技ですので、
僕には向いていたようです。

数十分ほどの施術ですが、
これによって、まず痛みが改善され、
腕の動作は本来の状態に戻ります。

しかし、その後も、
患者さんが同じ姿勢を続け、運動が不足すれば、
再び問題が起こります。

多くの社会人に運動が足りていない点、

また、着座時間が長いにも関わらず、
その姿勢に無頓着な点が、

問題を顕わにしているようです。

筋肉は形状を記憶する組織ですから、
背骨を丸めて腹部に脂肪を寄せ集めると、

お腹の周囲の筋肉が、
その状態を保持させるように
形状記憶をはじめます。

ですから、闇雲にダイエットを始める前に、
まず、姿勢を気にするべきでしょう。

壁に背中を押しあてて、
自分の姿勢がどれだけ曲がっているのか、
しっかり知るコトからはじめましょう。

脊椎の問題は、集中力も低下させ、
自律神経の問題にも直結します。

姿勢は大切ですね。

気が付けば、僕は、
当の昔にM先生の年齢を越えましたが、

幸運にも四十肩とは無縁でした。

あの日に帰って、M先生に自慢したい気分です。

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心を配る

心を配ると書いて「心配」と読みます。

「配慮」という単語も
周囲への心遣いを意味しています。

心を配ることも、周囲を配慮することも、

この社会における大切な作法のように、
僕たちは教えられていますが、

本当にそうなのでしょうか。

多くの人々は、
そうした心配りをきっかけに、

不安を握り締めているように、
僕には見受けられます。

特に、家族やパートナーとの間柄で、
それが顕著な気さえします。

自分をないがしろにしながら、
他人の世話をしようとしているため、

善意の配慮のつもりが、
不安を引き寄せているのではないでしょうか。

他人の心配をする前に、
真っ先にせねばならないコトが自分の世話です。

朝、気持ちよく起床できない自分が、
誰かを寝床から叩き起こしたり、

自分の偏食を棚に上げて、
野菜嫌いの家族を叱ったり、

小さい頃、自分自身が勉強嫌いだったのに、
子供に勉強を強いて、

試験の結果が良くなるようにと、
その表情に青筋を立てたり。

こうしたモノは、

心遣いでも、配慮でもない、
単なるおせっかいであり、干渉です。

神様も、隣人を愛せとおっしゃいましたが、
心配せよとは、おっしゃっていません(笑)

まずは、自分づくりからです。

あなたの魂の乗物として、
あなたの身体は、

相応しい状態になっているでしょうか。

自分自身が輝く存在になれば、
周囲の人々は、
あなたに倣わざるを得なくなります。

そうです。

僕たちひとりひとりは、
身近な「成功者」の一例となる必要があるのです。

ここで言う「成功者」とは、
お金持ちを意味しているのではなく、

お金では買えない、
「本物の健康」を手にした人です。

そしてまた、そんな「本物の健康」でさえ、
病気にならないコトでもなければ、

事故に遭わないコトでも、
不安に襲われないコトでもありません。

そうした問題に出くわしても、

試練を学びに変え、
その壁を乗り越えられた人こそが、
「本物の健康」を手にした人なのです。

つまり「健康」とは、心身の状態ではなく、
今この瞬間の在り方なのでしょうね。

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