表現の正体

自身の水星力を思い出す、もしくは成長させるために、
何等かの表現の場を持つコトを、

僕にアドバイスされた方は少なくないでしょう。

僕にとってのそれは、このブログであり、
ライン@のメッセージであり、
週刊音声マガジンなのですが、

それらは日記ではありませんので、
いつかネタの尽きる日が訪れそうなものですが、

有難いコトに、その時は、
なかなかやって来ません。

毎回、何を書くのか、
その都度、考えているワケではなく、

1本の記事を書く中で、
その日の投稿から連想される別のテーマを
ポイントだけメモするようにしているのですが、

多くは、そのメモの内容が、
そのまま、後日の記事のタイトルとなって、

タイトルを通じて湧き出てくる文章を、
僕の言葉で、まとめるようにしています。

もちろん、合間合間に辞書を多用し、
正しい日本語表現、大人らしい日本語表現を、

心がけるようにもしています。

そんな僕の、愛用の電子辞書はこちら。

今年刷新された、こちらのアナログ辞書も、
超おススメです。

さて、さて、

今日、お伝えしたいコトは、
こうしたネタが、
尽きるか否かという話しではなく、

こうして、タイトルだけ提供されたときに起こる、
僕と言う人間の、興味深い反応についてです。

おそらく、誰にでも起こっている現象ですが、
最近の僕は、その反応が顕著な気がします。

早朝、リストに書き溜めておいたタイトルたちを、
しばらく眺めていると、
書きたいモノが、目に飛び込んできます。

すると、次の瞬間、そのタイトルに沿った、
2通りの文章が湧き出て来るのです。

ひとつの文脈は、そのタイトルに相応しい、
僕の記憶を辿った、それらしい文章であり、

そして、もうひとつは、

僕の顕在意識とは全く無関係の、
一見突拍子も無い内容なのですが、

最終的には、その日の記事の骨子ともなる、
無くてはならないモノに化ける、
そんな可能性のある文脈なのです。

言葉では表現し難いのですが、
それはまるで、もうひとつのテーマのようなモノです。

ですから、完成に至る前の僕の文章は、
支離滅裂もイイところで、

そうした中から、この作業を客観視している、
もうひとりの僕の指示によって、

テキストエディタのカット&ペーストを駆使し、
最終的な文章へと仕上がって行きます。

こんな表現をすると、
さすが変人!と、拍手を頂戴しそうですが(笑)

おそらく人間という創造物は、
自分自身と常に対話しており、

自己表現をする必要があるときには、
自分対自分の論議の結論だけを
誰かに伝えているのではないでしょうか。

論議をしている一人目の自分とは、
もちろん、顕在意識側の自分です。

自分の良く知る、社会的にも知られた、
現世を生きる自分のことです。

そして、もうひとりの自分とは、
物理的な身体に繋がった、永遠の存在である魂です。

その魂の声を五感がキャッチし、

言い替えるなら、聞いたり、触れたり、
味わったりしながら、

そうした、自分自身と向き合った結果が、
自己表現と呼ばれるモノなのでしょう。

このようにして、表現を日々重ねるコトで、
大切な何かに触れる可能性が高くなるワケですから、

自分を表現し続けることは、
止めたくないし、
止めるべきではないはずです。

古より、様々な形で伝わる、
まず、実践せよ!と言う賢者の言葉は、

魂と出会うチャンスを増やせ!と、
僕たちに教えているに違いありません。

魂は、高次の自己とも呼ばれます。

ということは、
かなり周波数の高い存在です。

つまり、実践という形で、
何等かの自己表現を続けて行けば、

僕たちの波動は、自ずと高まるのです。

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器用/不器用

先日、治療所のフロントで、
ノートパソコンに向かって、
治療記録をタイプしていたところ、

それを見ていた高校生の利用者さんに、
こんなコトを言われました。

 暢弘さんて、
 パソコンのキーボードを
 器用に使いこなすんですねぇ。
 パソコン教室で習ったんですか?

僕は、昭和57年に
産業用ロボットの関連企業に入社し、

その時から、
コンピュータとの付き合いが始まりました。

まだ、パソコン教室なんて、
存在しなかった頃です。

当時の一番の悩みは、
キーボード配列に馴染めなかったコトでした。

もちろん、マウスなんてありませんから、
キーボードが操作できなければ、
何も仕事ができません。

タイプライターの経験のあった友人は、
キーボードのキーの並びに
違和感が無かったようでしたが、

そういう類のコトには、
まったく無頓着だった僕は、

意味不明のキーの並びを覚えるコトが、
苦痛で仕方ありませんでした。

さらには、コンピュータ関係の説明書は全て英語で、
使われている単語は、技術用語ばかりですから、

学校で習った英語の知識くらいでは、
まったく歯が立ちませんでした。

ところが、そんな僕には、
ギターの独学経験がありました。

右手と左手の指先を規則的に動かす訓練を、
中学生の頃からしていたコトを思い出し、

キーボード配列を覚えようとするのではなく、
感覚的に手指の骨の動きを
身体に叩き込むコトにしたのです。

パソコン操作に使う英単語ベースのコマンドは、
せいぜい数十種類です。

ギターのコード(和音)や、
アルペジオパターンと比べれば、
圧倒的に少ないバリエーションです。

ですから、パソコンのコマンド毎に、
キーボードをギターのように演奏しているつもりで、
手の形や指先の流れを覚えました。

この作戦は、大成功を収めました。

ある日突然、キーボード操作が上達した僕に、
先輩たちは驚きました。

まだまだ、余裕はありませんでしたが、
それからというもの、
あれだけ大きかったはずの悩みが、

跡形も無く消えたのです。

その十数年後だったでしょうか、
パソコンやタイプライターのキーボードには、
ホームポジションという手の基本形が存在し、

そこから、必要なキーに向かって
指を伸ばす訓練方法があるコトを知りましたが、

完全に自己流で
キーボードと向き合っていた僕には、
もはや「釈迦に説法」でした。

確かに、こう言った「慣れ」の世界では、
器用とか、不器用という尺度が
存在するのかもしれません。

ですが、器用という才能が、
突然開花するコトは絶対になく、

以前習得した何かが、
違う形に応用できるだけのコトであって、

それは、完全なる必然なのだと思うのです。

地道に何かに取り組んでいると、
その知識や経験は、
まったく違う世界のモノとも融合を始めます。

おそらくこれは、神様からの祝福以外の、
何物でもないでしょう。

そうやって、色々と学ぶコトで、
習得の快感は、さらに深まり、
もっと何かを学ぼうと精進を続けるのです。

もう、ゼロの状態から
何かを切り拓く必要は無いという真理を、
経験上、理解した知識欲は、

小さな必然と丁寧に向き合いながら、
成長して行くのでしょうね。

何もかも出来る人はおらず、
何も出来ない人もいない。

そこに存在するのは、

自分には出来る…ことを知っている人と、
出来ている自分さえ知らない人…の2種類です。

前者であり続けましょう。

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オステオパシィ施術提供終了のお知らせ

2012年よりご提供して参りました、
ひかりあめにおけるクラシカル・オステオパシィの
施術提供を終了させて頂くことにいたしました。

オステオパシィは調和療法の核となる、
7つの代替自然療法の一つであるコトは今まで通りであり、
今後もその考え方を踏襲いたしますが、

施術自体の公式なご提供は終了いたします。

オステオパシィは、
調和療法の中の唯一の対面セッションであり、
どこか対処療法的に捉えられていました。

調子の優れないときに、
暫定的に問題を緩和させるオステオパシィでは、

調和療法の考え方から逸脱し、
問題を長引かせるだけと判断したからです。

整形外科や整体、カイロ、マッサージなど、
根治を目的とせず、足繁く通院せねばならない治療は、

ひかりあめの目指す癒しではありません。

自律神経を直接誘導できる、
このクラシカル・オステオパシィは、

心身の問題を抱える利用者様にとっては、
画期的であり、かつ効果的な施術でしたから、
この7年間、施術のご提供を継続しました。

人間だけでなく、
脊椎動物全般に応用できるため、
動物好きの僕としては、
大好きな施術だったのですが、

直接、ひかりあめに出向いて頂き、
手技を施さねばならぬ治療方法のため、
ご遠方の方にお届けできないコトに、
ずっと悩んでおりました。

将来を見据えた上で、
ひかりあめの精進せねばならない
真の癒しについて熟考した結果、

今回の結論に辿り着いた次第です。
ご理解の程、宜しくお願いいたします。

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口は災いの元

僕の父は、優しい人でしたが、
とにかく気が短いため、

誰かに何かを伝えようとする度に、
それが上手く行かず、

その結果、伝えたい相手に対して、

父の言葉を聴き手が受け容れないと早合点し、
ついには、相手を批判し始めたのでした。

そんな父の様子を、
小さな頃から頻繁に観ていた僕は、

誰かに何かを伝えるコトの難しさを、
痛感せざるを得ませんでした。

辿り着いた結論として、
自分が携えている意志や思惑を、

表現という形で、
誰かに「完全」に伝えることは、
不可能だと知りました。

もちろん、伝えようとする本人は、
伝えるつもりでアウトプットしますし、

聴く側も、聴くつもりで、
インプットしようとするでしょう。

ところが、伝えようとするモノは、
基本的に主観的な見解ですから、

仮に伝える側の言語力が完璧であっても、
対象を100%表現することなど出来ません。

例えばあなたが、宇宙人に出会ったとします。

そして、その姿を、
鮮明に、目に焼き付けたとしましょう。

興奮状態のままでは、
間違いを生みやすいですので、
冷静になってから、
その姿を誰かに伝えるとします。

ところが、あなたの捉えた宇宙人のイメージとは
違うモノが誰かに伝わってしまいます。

主観は、数値化できませんので、
科学的評価は難しいですが、

どんなに上手く伝えられたとしても、
それは全情報の50%前後が限界と言われています。
(※科学的に立証されています)

つまり、言語力の完璧な状態で、
適切な単語を駆使したメッセージであっても、

あなたの伝えたい情報は、
その半分しか相手には届きません。

しかも、それは、
最良の手段を講じた伝達が、
成立した場合の話しです。

ビジュアルな情報を併用して、
正しい言葉で説明した場合の、
最良の伝達結果が50%前後なのです。

それだけ、僕たちは、
情報化できない曖昧な部分を、
主観の中に育んでいるのです。

こうした現実を知る人は少ないため、
多くの人が口だけで、
相手を説得しようとします。

しかし、人間が情報を得ようとする場合、
視覚情報が8割を締めます。

つまり、言葉だけとなる、
聴覚情報だけによる説明では、

せいぜい、その2割しか相手に届きません。

最善を尽くしても、
主観情報の5割(0.5)しか第三者には届かないのに対し

それを言葉だけで説明しようモノなら、
その中の、さらに2割(0.2)しか伝わらないのです。

つまり、完璧な言語能力を持つ場合でさえ、
あなたの主観全体のたった1割(0.5 × 0.2 = 0.1)しか、
言葉だけでは、相手に伝わらないのです。

昔から「口は災いの元」と言われます。

実際、口論から大喧嘩に発展するコトは
珍しくありません。

 誰も自分のコトを解ってくれない…。

そう、嘆く人は多いモノです。

でも、この事実を知れば、
自分の抱える主観を

誰かに届けるコトの大変さが理解できるはずです。

つまり、誰かに、
自分を理解してもらう必要なんてないんです。

そんなコトより、

あなたの思い描く通りに、
判断し、そして行動すべきであり、

その結果を、
現世に遺せばイイだけなのです。

これは、親の子供に対する、
干渉についても言えます。

子供にとって良かれと思って言ったコトでも、
あなたの助言は、わが子には届きません。

まして、感情的なフィルタが双方に加われば、
全体の1割どころか、
その半分を伝えるコトさえ怪しいでしょう。

例え、わが子が首を縦に振ったとしても、
それは、あなたの主観を、
理解したサインでは絶対にないのです。

自分を信じ、思い通りに生きるコト、
そして、誰も干渉しないコト、

この2つこそが、
コミュニケーションという道具を持つ、

神の創造した人間に課せられた
基本ルールなのではないでしょうか。

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遺伝とは種

結論から言うなら、
遺伝は恐れるに足りません。

自分の家系に頻発する、
特徴的な病気や症状を、

遺伝ととらえて諦める人々を
僕は何度と無く診て来ました。

薄毛や多汗にはじまり、
糖尿病や脳卒中、果てはガンまで、

遺伝だから仕方がないと
罹病した人だけでなく、

医師までもが、
そんな運命論的な結論を提示します。

確かに遺伝的要素は
あるかもしれませんが、
この解釈は大筋から間違っています。

もっとも判りやすく例えてみましょう。
遺伝とは種でしかありません

千年以上前の種が、
遺跡等から出土することは、
珍しくありませんが、

そういった太古の種も、
土の中で滋養と太陽光に恵まれると、

歴史を越えて、しっかり発芽します。

種は、種だけでは、
何も起こりませんが、

土と滋養と陽光を授かると、
植物として発芽するのです。

遺伝も同じように、家族や家系の中で、
文字通り、伝え遺されますが、

例えば脳卒中を引き起こす遺伝子が継承されても、
その遺伝子を育む環境がなければ、

あなたという身体で、
発芽することはありません。

つまり、種は遺伝子であり、
土は身体、滋養は食、陽光は生活環境なのです。

いくら種である遺伝子が、
あなたの身体に伝え遺されたとしても、

あなたの食生活と生活環境が
遺伝子の発芽条件に合致しなければ、

病気も、症状も、
決して現れることはありません。

つまり家族や家系は、
同じモノを食べ、同じ場所に住むため、

遺伝子の発芽しやすい条件が、
揃ってしまうだけのことなのです。

人間にとって相応しい食事を摂り、
人間らしい生活環境を手に入れれば、

いかなる悪性の遺伝子も発芽することは出来ず、

そればかりか、
その家族や家系に伝わる、
良い面が継承されることになるでしょう。

どうせなら、良い遺伝子を、
しっかりと発芽させようではありせんか。

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