脱コンフォートゾーン/後編

昨日の投稿に引き続き、より良い自分への成長方法について、
その核心となるお話しをお届けします。

僕たちは、その脳の構造上、

コアとなる延髄(=古代脳)から、
行動を司る、脳の外側の大脳まで、

インサイド・アウト(内側から外側へ)の法則を、
満足させる必要があって、

大脳の管轄となる行動を、
その内側の間脳の管轄となる感情が満足し、

その感情を満足させるための、
その内側となる延髄の管轄となる、

行動を起こさせる感情のキッカケとなる、
「なぜ?」の揃った状態が理想的だと既にご説明しました。

つまり、日常を支える、
行動原理のどこかに歯抜けがあると、

表面だけの活動をしてしまいがちになり、
充実感とは縁遠い生き方になってしまうワケです。

そして、そうした行動の根底を支える「なぜ?」の、
さらに内奥の「あなただからこその決意」が明確であれば、

さらなる充実感を得るコトが可能なのですが、

得たい充実感を得られない、
得たい幸せに包まれてない、その原因は、

得たいそれらに、相応しい自分になる「決意」が、
貴方には足りないのかもしれず、

その「決意」を邪魔する存在こそが、
今回の連載の表題となる「コンフォートゾーン」なのです。

猫たちの極上の居心地の良さが漂う、とても素敵な写真ですね。

さて、今回の表題に関わる「コンフォート」とは、
ご存知の通り、「居心地の良さ」を表す英語です。

そんな居心地を約束する領域(=ゾーン)を、
僕たちは、各人の価値観として所有しています。

「コンフォート」の響きからして、
写真のような快適なイメージを受けますが、

実際には、そうとは限らず、
どちらかと言うと、不快な場合の方が多かったりします。

それは、人間が変化を求めない生き物であるため、

その状態が、例えネガティブであろうと、
「いつもの自分」であるコトに、安心感を見出してしまうためです。

その結果、自身のコンフォートゾーンの、
外側にあるコトに対しては、

本納的な防御機能が働いて、
関心を抱いても、自分で無理矢理掻き消したり、

何かの勢いで、ゾーンから離れるコトに一時的に成功しても、
心のブレーキが強烈に掛かって、

 それって、難しくない?
 絶対、自分には合ってないよね。

…のような、心の声が聴こえて、
ついつい、ゾーンの内側に戻ってしまうのです。

心のブレーキは、他ならぬ自分の心の声ですので、
無視するワケには行きません。

そんな声に対する客観的な姿勢を育みつつ、上手に付き合い、
得たいモノに相応しい自分になるために、

セルフイメージを徐々に変える必要があるのですが、
そのためには、どうしたら良いのでしょうか。

ココでやるべきコトは、

自分の価値観を素直に認めた上で、
その価値観に疑問を持つコトなのです。

なぜなら、人間の価値観の多くは、

その価値観を初めて味わったその時に、
関わった他人(親や先生など)によって作られたモノで、

こともあろうに、それを、
人生のルールとして引き摺っている人も少なくありません。

人生のルールとは、言い替えるなら、
自分を制限してしまう観念(=考え方)なのですから、

コンフォートゾーンから脱出できなくなる、
最も大きな力になっていても、不思議はありません。

ですから、いつ、どんな時でも、

今、そこで起こっている物事の両面が存在すると知り、
自分の成長に相応しい方の側面を、

選択する覚悟を決めてしまいましょう。

これは、人生最悪の出来事になるかもしれないコトを、
最高の出来事に変えるチャンスでもあります。

つまり、

 その制限を活かせるか?
 ピンチをチャンスにシフト出来るか?

…という、貴方への質問なのです。

起こっている物事の両面を、いつも感じるように心掛け、

例え、強く感情が動いても、自分固有のモノの見方が、
そうしているだけと察すれば、

その出来事のポジティブな側面を選択して、

制限を活かし、ピンチをチャンスに変えるコトは、
難題でも、不可能でもありません。

そして、この大胆な発想の操作こそが、
貴方のコンフォートゾーンの境界を曖昧にします。

元来、そういったゾーンの境界は、
自分から積極的に関わろうとしないために明確ではありませんので、

そうした象徴的な部分を逆手にとって、
利用してしまえばイイのです。

そして、曖昧にさえなってしまえば、こっちのモノ。

だって、どこまでがゾーンか判り難いのですから、
少し広めに宣言してしまえば、

その瞬間から、貴方のゾーンは拡大しちゃいますよね(笑)

自分を変える必要など、何も無いのです。
そして、コンフォートゾーンから離脱する必要も無いのです。

そのゾーンを、自分と折り合いを付けながら、
少しずつ広げて行けば、

貴方の居心地は保たれたまま、
最高の人生を楽しめるようになるのです。

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脱コンフォートゾーン/前編

さて、今日と次回の2回は、より良い自分への、
成長方法についてお話しします。

簡単に「成長方法」なんて書きましたが、
そんなに手軽な話しではありません。

しかし、かと言って、
不可能な話しでも、決してありません。

自分自身を成長させるコトによって、
至極の幸せを、人生に引き寄せたいと思われるのであれば、

是非、参考にしてみて下さい。

さて、こうしたテーマを語ろうとする時、
多くのメンタル・コーチたちは、

「成長」ではなく、「自分を変える」とか、
「自己変革」などの言葉を使う傾向がありますが、

「変える」という言葉を使った瞬間、
その根底に「自分は、そうではない」という前提を認めているため、

宇宙の法則に従って、

「自分を変える」ことも、そして「自己変革」も、
残念ながら、上手く行きません。

変えねばならぬ自分を体験するための現実を、
自己否定に基いて引き寄せてしまうだけだからです。

しかし、これが「成長」となると、話しは違います。

元々持っている何かを、大切に育むコトが、
正しく、相応しい「成長」へと導くのですから、

本来、自分の中にある何かを、

つまり、枠が少々小さかろうが、
それは自己肯定(=何かがあるから)に基いているので、

その小さな何かを、より大きく育てるための、
そんな経験を引き寄せ始めまるからです。

そして、最も大切なコトは、そうした成長に対して、

自分の納得の行くペースと方法で、
成長を刻んで行くコトが大切になります。

なぜ、急激に変わってはいけないのか、

それは、コンフォートゾーンの存在を、
無視するコトが出来ないようになっているからなのですが、

ここで、今日の表題となる
「コンフォートゾーン」が登場しました。

ですが、その内容の説明は、もう少しお待ち下さい。

このゾーンについては、実際に正しい成長が始まってから、
その離脱方法を検討するべきであって、

まずは、自分を成長させるメカニズムを、
今日は知って頂きたいのです。

その答えは、僕たちの脳の構造に現れています。

人間は「何等か」の行動をするモノですが、
その行動を支える要素は、実際には2段階存在します。

①その何等かの行動を「どのように」するのか
②「なぜ」その行動をするのか

この2段階です。

つまり、最も底辺にある、「なぜ」するのかが明確でなければ、
「どのように」するかもアヤフヤですし、
「何等か」の行動をしても、ピンと来ません。

 貴方は、なぜその作業をしているの?

…と、誰かに尋ねられたとき、その行動原理が、

 上司に頼まれたから、
 仕事だから、
 仕方無いから、

…のような、自分の外側の原因で動いている限り、
せっかく、「何等か」の行動をしても、

楽しいはずも、充実するはずもなく、
それはただ、心身疲労の原因となるだけに終ってしまいます。

組織の中で、充分以上に働いて、
プライベートに帰ったとき、ぐったりしているとしたら、

貴方の行動原理は、自分の外側からの刺激で、
いつも動いているという事実を、貴方に教えているのです。

人間の脳は、その中央部に延髄という箇所があって、
これは直感と関係する部位で、古代脳とも言われています。

行動原理の根底を支える、「何故」を明確にする部位です。

そして、その外側に間脳という箇所があって、
これは哺乳類脳とも言われますが、感情と関係する部位で、

行動原理の「何故」の上にある、
「どのように」を明確にする部位です。

そして、その間脳を包むように、大脳が存在しており、

ここは、思考脳、人間脳とも呼ばれる部位で、
行動原理の最終部分である「何等か」を決定します。

最も根底にある、内発的な「何故」を明確にし、
さらにその上にある「どのように」も明確になったとき、

そのときはじめて「何等か」の行動に、
自分の意味を見出せるのです。

ですから、こうした行動が当たり前になれば、

 貴方は、なぜその作業をしているの?

…との問いに、

 ○○を実現するためだよ、
 ○○を作りたいんだ、
 ○○に夢中なんだよ、

…のように、内発的な動機がハッキリするため、
少々働き過ぎても、輝き続けていられますし、

充実感と共に、一日を終えられるのではないでしょうか。

そこで、この脳の構造の根底にある、
「何故」を、さらに掘り下げるのです。

物理的な脳には、これ以上、掘り下げられる部位はありませんが、

人間という生命は、「何故」の下にある、「大切な何か」を活かすコトによって、
さらなる充実感を得るコトを可能にする力を持っています。

それが、魂の学舎でもお伝えする、「あなただからこその決意」です。

もし、貴方が、得たい充実感が得られていない、
得たい収入が得られていない、
得たい幸せに包まれていないとしたら、

得たいそれらに、相応しい自分になる決意が、
貴方には無いという事実を、現実が教えてくれているのです。

実は、この決意を邪魔するモノが、
貴方に現存する、コンフォートゾーンです。

長くなりましたので、
この続きは、次回お伝えしますね。

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アンモニア疲労

現代医学や栄養学の現場では、
好き嫌いなく、何でも食べよ!…のような、
曖昧なアドバイスをされる機会が増えるモノです。

僕たちの身体は、自ら食べたモノで出来ているのですから、
そうした背景を無視した指導で健康になれるとは、
少なくとも僕は思えません。

食べ物で健康増進をはかったり、
病気を治そうとするところから、

自然食品や健康食品という考え方が生まれたワケですが、

それは、栄養生理学によって、
食べ物と体細胞が有機的に連続していることが、
はっきりと認められたからだと言われています。

しかし現代栄養学は、そうした事実と正面から向き合わず、
様々な矛盾を抱え込んでいるように感じるのは、
おそらく僕だけではないでしょう。

好き嫌いなく、何でも食べる姿勢を良しとする、
そんな論理によって導き出された食事法は、

場合によっては、健康状態の悪化や、
病気を招くだけの処方箋にもなりかねません。

3年前の4月2日、僕の地元の北中城村に、
ヘリポート付きの大型医療施設がデビューしました。

そして、その施設の中には、

沖縄を代表するファストフードの、
エーアンドダビュリューが出店しています。

また、南部を代表する豊見城中央病院には、
スターバックスが入っていたりと、

ココに限らず、医療施設の中に、
本来縁の無さそうなジャンクフードを、
販売する店舗が入る例が珍しくないのは、

病気を治したいのか、それとも病気になりたいのか、

良く判らない姿勢が、
浮き彫りになっている気がしてなりません。

つまり、日本を代表する現代医療の施設が、
こうした矛盾と同居しているのですから、

僕たちの何気ない日常は、相当意識しない限り、
健康から遠ざかる生活にならざるを得なくなるのは、

想像に容易いのではないでしょうか。

そんな中で、現代人の間には、
慢性的な複合疲労に悩む人は、後を絶たないのですが、

かつては、ビジネスマン専用だった疲労回復用の栄養ドリンクが、
昨今ではエネルギー飲料とネーミングされ、

主婦層や塾帰りの子供たちまでが、
愛飲するようになってしまいました。

これらのドリンク剤には、吸収されやすいブドウ糖と、
覚醒作用のあるカフェイン、そして微量のアルコールが含まれ、

一時的に疲労が軽減するような錯覚をもたらすように、
メーカー各社は、しのぎを削っています。

疲れを癒す王道は、副交感神経優位の身体作りであり、
良質な休息に他ならないはずなのですが、

マスコミに植え付けられた、そうした価値観に左右され、
シンプルな王道から遠ざかっているのです。

人類は、本質的に穀菜食の食性を持ちますが、
とりわけ日本人は、その傾向が強かったにも関わらず、

戦後の急速な動物性食品を摂取する文化へのシフトで、

身体の処理能力を遥かに越えるアミノ酸が体内に入り込み、
慢性的なアンモニア疲労を抱えるようになりました。

アンモニアは、アミノ酸が分解されて出来る中間物質で、
極めて高い毒性を有しています。

身体に入った毒は、肝臓で解毒され、
尿素となって腎臓で濾過され、体外に排出されますが、

肝臓や腎臓で処理し切れぬ量を越えたアンモニアは、
血中にダブつくことになります。

その結果、多くの現代人は、
肝臓と腎臓が疲弊し、働きが鈍くなり、

血液はタンパク質過剰になって循環不良を起こし、
アンモニア毒は全身に行き渡ってしまっているのです。

消化に要するエネルギーも、
動物性食は、植物性食の少なくとも2倍以上が必要で、

動物性食が多くなればなるほど、
消化器系の疲労が重なる上塗り現象を引き起こし、

また、体内のアミノ酸過剰は、
アレルギー体質を温存させるには好都合なのです。

つい先日出会った医療者の男性は、
肉体疲労を悪者にする典型的なタイプでした。

しかし実際には、肉体を適度に疲労させるコトで、
身体は鍛えられ、回復力も高まるという事実を彼は知りません。

そんな背景があるからなのか、
現代人は身体を使うコトが少なくなり、

肉体で消費するべきエネルギーが使われず、
モヤモヤとした精神的疲労の原因にもなっており、

その一例が皮肉にも不眠や寝不足となるのですから、
悪循環は留まるコトがありません。

栄養過剰の招くアンモニア疲労は、
こうして多くの問題を引き寄せますので、
好き嫌いなく、何でも食べる!という幻想から早々に卒業し、

身体に必要なモノを少量摂取し、
脊椎を弛緩できる軽い運動が日常に組み込まれる、

そんな潔い生き方を、選ぶべきなのではないでしょうか。

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柿渋

青い未熟な柿を圧搾した果汁を発酵させたもの、
それが柿渋です。

平安時代から使われてきた天然の染料で、
タンニンの発酵臭が独特なのですが、

最近の市販品は殆ど無臭になりました。

わが家における主な用途は、木製カトラリーの補修ですが、
布を染めるのも、なかなか楽しいモノです。

こちらが、僕の愛用する柿渋です。

料理の好きな人間にとって、
食器もまた特別な存在だと思いますが、

特に木製のカトラリーたちが長い時間をかけ、
その家の食卓に馴染む姿は、愛しくさえあります。

なかでも、東南アジアなどで作られる、
ブナやアカシアの木を削り出して作られた品々、

木の幹の中心部の濃い茶色から、
周辺部の白色へと、濃淡のある木柄が、
器ごとに異なる表情を見せてくれたりします。

加工性が良く、衝撃にも強く、
特にアカシアは早成樹(成長の早い樹)としても知られ、
環境に優しい工業製品のひとつです。

削り出しには、かなりの技術が必要らしいですが、

そうした背景を感じさせるぬくらい、
日本の市場では、手頃な価格で出回っています。

その良い例が100円均一ショップで、
そこで売られていたブナ材のデザートスプーンは2本入りでした。

建築材料などの廃材から、削り出した商品なのでしょうが、
僕の愛する木の「温もり」は健在です。

僕の場合、購入したそれらを、そのまま使うコトはまずなく、

東南アジアの職人さんたちの熟練の技で削り出したそれらを、
僕が心を込めて仕上げてから使い始めます。

用意するものは、240番の紙やすり、
拭き取りに使う清潔な布地、そして柿渋と亜麻仁油です。

紙やすりで表面を丁寧に磨き、その上から柿渋を何度も塗り、
最後に食用油で仕上げるのですが、

何と、この工程に、3日間も掛かります(笑)

紙ヤスリで素地を調整したら、刷毛を一定方向に動かして、
柿渋を薄く均一に塗ります。

水性塗料用の刷毛を使います。

用意した清潔な布地は、塗装工程でついた細かい気泡や、
塗りムラを均一にするために、食器全体を拭いてやるためのモノです。

こうして、一度目の着色が終わるのですが、
塗ってもすぐに拭き取りますので、淡く色付く程度です。

ここまで終えたら、刷毛を綺麗に水洗いし、
塗った食器は、日陰に数時間放置します。

数時間後、2度目の塗りを行い、
同じ布地を使って、気泡やムラを拭き取り、
刷毛も再び綺麗に水で洗って乾かし、

また数時間後に、3度目の塗りを行い、
またまた布地で拭き取って、刷毛も洗って、

これを、全部で7~10回繰り返します(笑)

辛抱強く取り組むのではなく、
職人になったつもりで、まったりと向き合いましょう。

そして最後の塗りを終えたら、今度は24時間掛けて自然乾燥させます。

仕上げに、亜麻仁油を食器の表面に薄く塗り込み、
さらに半日乾燥させれば、堂々完成です。

大変、お待たせしました(笑)

こうして出来上がった木製カトラリーは、
世界で二つとない風合いを醸し出してくれます。

木工用の塗料と言えば、ニスやラッカーなどが主流で、

数時間で乾燥してくれますから、
柿渋のような手間とは無縁ですが、

柿渋は、ニスやラッカーとは異なり、
食器に使っても安心な素材ですし、

もちろん、シックハウス症候群の心配も無用です。

そしてそして、この塗りのプロセスを体験すると、
柿渋を塗っている時の無我夢中な自分に、
きっと気付かれるコトでしょう。

たまには、こうして、
家族で使う食器を、自分の手で仕上げるたコトに、
全身全霊を投じてみては如何でしょう。

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パンケーキ症候群

今日の表題となる「パンケーキ症候群」は、
日本人の僕たちには、聞き慣れない響きかもしれません。

第一印象では、小麦の持つグルテン系疾患のように聞こえますが、
実際は、そうではありません。

この問題は、1993年のアメリカで最初に発見され、

翌々年には、この日本でも熊本大学が報告して以来、
その発生件数は、年々増加の一途を辿っているようです。

それは、

調理後に残ったパンケーキの粉を、
常温保存するコトによって、

袋の中にダニが侵入して、
そこを巣として異常繁殖してしまい、

そうした粉末を使った料理を食べて、
強いアレルギー反応を起こすコトを、
パンケーキ症候群と呼ぶのですが、

日本では、その90%以上が、
パンケーキではなく、
お好み焼きの粉で起こっているのです。

現代人が、アレルギー反応を起こす、
主要アレルゲンのダントツトップがダニで、

その後に、ハウスダスト、スギ花粉、
大豆、牛乳、卵…と続くのですが、

実はこの、ダニのダントツトップぶりは半端ではなく、
2位のハウスダストの2倍以上に及びます。

小麦アレルギーは、それから比べると、
かなりの少数派のため、

グルテンに、何の反応もしないはずの人が、
パンケーキやお好み焼きを食べて、

ダニアレルギーに悶絶するコトになるのですから、
食品の保管には、細心の注意を払いたいモノです。

密封容器や輪ゴム等で縛って保管しても、
ダニたちは難なく、その中に入って行けますので、

やはり、しっかり冷蔵保管をし、
早めに消費するよう心掛けるべきでしょう。

この他にも、

贈答用のヨーグルトに卵黄が入っていたり、
蒲鉾に乳製品が練り込まれていたりと、

市販の食品には、思わぬ落とし穴も多く、

また、例え原材料に含まれていなくても、
同じ製造ラインで流れていたアレルゲン物質に、

全く関係の無い食品経由で、
問題を起こす場合も少なくないようです。

僕自身も、かつてはカビやハウスダストに過剰反応し、
気管支喘息を発症する体質でしたが、

10年前から始めた純菜食や減食、
そして、水シャワーの励行のおかげで、

アレルギー性の喘息とは、完全に決別できています。

今では率先して、家に発生したカビの拭き掃除もしますが、
喘鳴ひとつなく、いたって健康です。

ダニが大量に繁殖した粉類を、
調理して食べるのコトは危険極まりないとしても、

そうした目に見えぬ存在に、
目を光らせて疲弊するのか、

自身の体質を改善して、気にせずに暮らし続けるか、

当たり前のコトなのですが、
選ぶのは、もちろん僕たちなんですよね。

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童心と正直さ

3年前の2月下旬、あるクライアントさんと遣り取りをさせて頂く中で、

僕の中で消化できていない過去の出来事と、
向き合うチャンスに恵まれました。

その思い出は、ふたつありました。

僕にチャンスを下さった方は、
一方の事件の当事者に、容姿が酷似されており、

すると、今度はその数日後に、
もう一方の事件を思い出させる「モノ」と出会ったのです。

自己啓発関係の本も多読し、
また日々のカウンセラーとしての仕事も通じて、
多くの皆さんの「過去」と向き合っていますので、

自分の過去についても、
その全てを受け容れて来たつもりでしたが、

そのクライアントさんとの対話の中で、
明らかに、このふたつの事件が消化出来ていないと判り、

その日から、内観を重ねる日々が、
約2週間必要になりました。

その、ふたつの過去は、このブログで、
公けに出来る内容ではありませんので、詳細は綴りませんが、

僕にとって、「なぜか、消化出来ない!」と、感じていたのは、

その思い出の表面的な感情面ではなく、
それらの事件にあった、共通した背景を、
受け容れられなかったという事実が、

その2週間で判ったのです。

他者の人生と自分の人生が交錯して、
そこで共有するコトになった経験が受け容れられなければ、

僕がそうだったように、
多くの人が苦しむモノです。

と同時に、この半世紀で学んだ僕は、

そうした「過去」の出来事に対する反応が、
「今」の自分の反応であるコトを理解していますので、

自分の波動が高まれば、
反応も自ずと変わるという真理に沿って、

過去と対峙するコトが出来るようになっていました。

ですから、これらふたつの事件だけが、
消化できずに在り続けたのは、

事件そのものにフォーカスしていたため、
解決出来ずに、僕の中で燻っていたのです。

ホロスコープで言うところの56歳からの土星期とは、
人生の総決算でもありますので、

まさに、僕の消化できなかった過去を一掃するチャンスが、
そのとき、巡って来たという事実に、驚かずにはいられません。

そして、その背景を受け容れるためには、
僕は自分に正直になる必要がありました。

そのときも、そして今でも、
言いたいコトは、必ず言う人間ですし、
これ以上に、自身に正直な僕を想像できませんが(笑)

童心に帰るくらい、徹底して自分に正直にならなければ、
受け容られないコトが世界には在って、

そうした葛藤を通じて、自分は自分であるというコトを、
どうやら僕たちは学ぶようです。

もし貴方も、少々面倒な過去を背負っていらっしゃるのなら、
徹底して、ご自身に正直になってみて下さい。

かなり、楽になるはずです(笑)

この投稿を書き終えた直後、
何となく手に取ったカードでリーディングしてみたところ、

そのときのチャンスが、偶然ではないコトを証明する、
面白い内容が記されていました。

 固定観念や、恐れの詰まった箱から、
 飛び出す時がやって来ました。

 あなたは、もう一度、
 純粋で無垢なハートを持った、
 幼子として生まれるのです。

 子供の頃の記憶を辿ってみましょう。
 はじめて綿菓子を買って、一口食べた時の気持ちは?

 夢中で砂場で遊んだ時の感覚は?

 その時、あなたは本当のあなたでした。
 純粋に自分の気持ちを感じていました。

 他者の目に映る自分を想像したり、
 予測して恐れたりしませんでした。

 自分の本質を知ることは、
 宇宙を知ることです。

 目に見える花から、
 目に見えない香りを感じるように、
 自分のエネルギーを感じてみましょう。

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