呼吸のもたらすモノ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

呼吸は、生命にとって大切な生理機能です。

消化活動や心臓の鼓動、
血液循環、ホルモン分泌等も同じく生理機能ですが、
呼吸とは一線を画します。

全ての生理機能は、意識せずに働きますが、
呼吸以外の生理機能は、
意識して動かすことができません。

深呼吸や、息を止めるなどの活動は、
呼吸活動にだけ許された、意識下で行われる行為です。

これは、かなり神秘的な事実です。

また、生命は、呼吸によって、
宇宙エネルギーを体内に取り込みます。

食物や水を取り込む消化機能も、
生命維持には欠かせませんが、

食物が無くても何週間かは生きられるのに対して、
呼吸無しでは、すぐに絶命してしまいます。

これらの特徴を知れば知る程、
生命にとって、いかに呼吸が大切かが解ります。

僕が、フラワーレメディと出会うことになったのは、
自らのパニック障害がきっかけでした。

この心身症は、発作時に過呼吸を伴う特徴があり、

そうなると患者は、
正しい呼吸ができなくなります。

パニック発作時のこの状態は、
少々極端な例とも言えますが、

生命は、強いストレスを感じると、
呼吸を止めてしまう傾向があるのです。

赤ちゃんや幼児は、ストレスを感じると、
素直に大泣きしますが、

彼らはこのとき、
このような形で積極的に呼吸し、
生命を維持する術を知っています。

一方、ある程度成長した人間は、
ストレスを感じると、黙って堪えるようになりますが、

このときの呼吸状態は、
決して褒められたモノではありません。

ストレスを感じた直後は、なぜか呼吸を止め、
呼吸を再開した後も、それは非常に浅くなるのです。

これは、無酸素運動のときに必要なモノと同じ類の
ストレスに対抗するための反力や瞬発力を、
身体が準備するために起こりますが、

この状態が長く続けば、
体内は呼吸不足の状態に陥ります。

呼吸が不足すれば、酸欠になりますが、
欠乏するモノは、酸素だけではありません。

呼吸は、気道を経由して、
肺を空気で満たしているだけではなく、
皮膚からも常に呼吸していますし、

さらには、空気中の酸素を取り込み、
二酸化炭素を吐き出すという単純な話しだけではなく、

宇宙のフリーエネルギーである空(くう)や光を、
体内に取り込んで波動調整し、
その一部になろうとする行為でもあります。

意識しても、しなくても呼吸は可能なら、
良い呼吸を、意識しながら行う回数を増やすべきでしょう。

また、療養生活を送る人々にとって、
意識して行う理想的な呼吸は、

いかなる大病に陥った身体であろうと、
最良の薬であり、特効薬でもあるのです。

葛藤を手放すために

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

(カズラ)と藤(フジ)という、
ふたつの植物を並べた言葉が「葛藤」です。

これらは、いずれもツル性植物ですが、
異なるふたつの植物が、
もつれ合い、混乱した状態を表現しています。

魂が肉体に宿り、
時空の制限を受けて生活をしていると、

魂の成長過程における、ある瞬間において、
自らの信念に反した行動をしてしまった時、
この混乱が起こります。

本来、人間の本質は、
すべての可能性に向けてオープンであり、

おおらかさと柔軟さが、相応しい選択を行い、
見事なまでの適応力が、
さらなる成長を約束するはずなのですが、

なかなか、こうはなりません。

逆に、こうした反応を、
当たり前にこなせるようになるコトを、
「覚醒」と言うのです。

葛藤を放っておくと、
生命エネルギーの流れがぎこちなくなり、
緊張した部分が病気になったり、何らかの症状が現れます。

ということは、

覚醒した聖人にならずとも、
葛藤と決別する方法を体得すれば、
僕たちは健康を手に入れられるのです。

葛藤を生み出すモノは何でしょうか。

それは、偏見です。

魂は、自分がどこへ行って、
何をすれば良いかを、いつも知っていますが、

外部からの情報を五感を通じて得る身体感覚意識は、
五感の感度や、社会に対する認識の違いから、

例え同じモノに出会っても、
人によって様々な反応をしてしまいます。

偏って感じ取り、
偏った分析をし、
偏った反応をしてしまうのです。

これが偏見です。

賢者たちは、
「偏見を捨てなさい」と言いますが、

偏見は、社会や集合意識の奥底に棲み付き
まるで信念のように振舞うため、
認識して取捨選択するコトは困難です。

こう説明すると、もう抜け出せない迷路に、
入っているかのように思われるでしょう。

しかし、そうではありません。

葛藤は、僕たちが自分らしさを知るために、
神様が用意したチャンスなのです。

物資的な、そして感情的なこの社会で、
自らを取り戻すきっかけとして提供されたモノが
葛藤という苦悩だと考えてみましょう。

苦しいから、抜け出そうとしますね。

もし、苦しむこともなく、もがくこともなければ、
何も取り戻すコトができず、
泥沼に埋没し、閉じ込められてしまいます。

つまり、ジタバタ苦しむことは、
価値ある行為なのです。

ですから、聖人の域に達することなく、
偏見を捨てるためにすべきことは、
自分の判断に対して客観的にならねばなりません。

例えば、あなたはAさんが気に食わないなら、
Aさんを支持する人々の意見を、
敢えて聞いてみて下さい。

こうすることで、Aさんに対する、
あなたの向き合い方を知るコトができます。

その結果、いかにあなたが、

偏って感じ取り、
偏った分析をし、
偏った反応をしていたかを、

思い知るでしょう。

ここで浮かび上がったモノが、
あなたのしがみついている信念です。

あなたなりの基準があり、こだわりがあり、
それをもとに判断していたコトが、
客観的に判ります。

そして、その瞬間から、
あなたの判断に変化が現れます。

これこそが、小さな「覚醒」です。

この取り組みを積み重ねるコトで、
あなたの波動は上昇し、
葛藤の無い人生を楽しめるようになるでしょう。

この水瓶座の時代は、
こうした流れを助けてくれるはずです。

躊躇と実行

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

当たり前ですが、
躊躇することと、実行することは、
真逆な関係にあります。

因果とか、カルマとか、
その言葉遣いはどうであれ、
人生で、やらねばならないコトがあったとき

人は必ず、これらのどちらかを選びます。

躊躇するということは、
その課題を先延ばしにすることであり、

いつまで経っても、問題は解決しないどころか、
日を増すごとに、状況は複雑化します。

そのため、放っておけばおくほど、
実行することができなくなり、
ついには、一生せずに終えることもあるでしょう。

これは、悪い意味で、
自分の人生をコントロールしてしまうばかりか、

本来与えられているはずの自由度を、
自ら束縛する結果を生みます。

さらに意識は、
その課題に対してドンドン敏感になり、

躊躇するための要因は、
その感性に比例して大きく育ちます。

結果として、後をひくどころか、
次の転生まで、課題を持ち越すことにもなりますから、
決して良い気分を味わうコトはできません。

一方、実行するということは、
体験して、終らせてしまうということです。

その結果は様々で、
辛かったり苦しかったすることの方が、
圧倒的に多いようです。

ですが、その時どんなに辛いとか、
苦しいとか感じたとしても、

総じて言えることは、
後になれば、全て良い思い出に変わってしまいます。

そして、体験し終えていますから、
次に同じ問題に直面しても、
一回目よりリスクを感じずに済むか、

場合によっては、
幸福感さえ抱く場合があります。

魂が成長しているため、
同じ問題であっても、反応がポジティブになり、

コトと次第によっては、上達の域まで達し、
災い転じて福と成すこともあるでしょう。

躊躇することと、実行することは、
ここまで違います。

そして、そして、

全て実行できた人には、
素晴らしい特典があります。

因果とかカルマは、有限課題ですから、
その人生で味わわねばならない問題を終えてしまうと、

やりたいコトを、やりたいだけ楽しめ、
成りたいモノに、思い通りに成れるための、
クリアでフリーな時間が与えられます。

問題の小さなうちに、意識して乗り越え、
この人生を謳歌したいものですね。

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

種という存在を、改めて見つめてみましょう。

例えば、親しみやすいドングリは、
この小さな一粒が、
やがて樫の木に育ちます。

もちろん、条件が揃わなければ発芽しませんし、
発芽しても、生育環境が整わなければ木にはなりません。

生育の途中で、虫や鳥、
その他の動物に食べられてしまうこともあります。

ですから、1本の樫の木は、
沢山の条件をクリアし、難題を乗り越えて育った、
一粒の種の大成果なのです。

そして、当たり前のコトですが、
ひまわりの種から、樫の木が育つこともありません。

まるで、僕たちの人生と同じです。

創世記第一章の中で、神は言われました。

 地は青草と、種を持つ草と、
 種類に従って種のある実を結ぶ果樹とを
 地の上に生えさせよ。

このように、
種という存在に拘って、
神は生命を創造されたのですが、

同時に、物事は必ず因果として繋がり、
行為をすれば結果が生じるという
世界の秩序までをも創造されたのです。

身体という乗物を得た個々の意識たちの、
その在り方が人生に招き入れるものを決定する仕組みは、

天地創造の3日目には、
すでに生まれていたのです。

ですから、僕らがその使命をまっとうするためには、

沢山の条件をクリアさせ、
難題を乗り越えねばなりません。

言い換えるなら、受身のままでいることは、

発芽できない種や、
育つことのできない苗や、
捕食されてしまう草として、

一生を終えかねない、ということになります。

そして、望む結果を生むためには、
相応しい行動が必要だということでもあるのです。

クリアしなければならない条件が多過ぎたり、
乗り越えねばならない難題が、
とてつもなく大きかったりしますが、

途方に暮れている場合ではありませんね。

やるか、やらないか

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

何かに取り組もうとしたとき、
できない理由は、簡単に見つかるものです。

どうしてでしょうか。

自分の求める理想を手に入れるためには、
現状を打破して、前進する必要があります。

その現状に、長期間居座っていれば居るほど、
腰が重くなると同時に、

潜在意識側が、環境の変化を求めなくなってしまうのです。

そしてこれが、成長しようとする魂にとって
最大のライバルとなります。

場合によっては、環境的要因だけでなく、
遺伝的な、占星学的な要因もあるかもしれません。

普段、意識として昇って来ない部分までが、
こうして現状維持をしようとするのですから、
たまったものではありません。

顕在意識の方が、
どんなに良いアイデアを手に入れても、

圧倒的に規模の大きな潜在意識側が、
その達成を阻害するための理由を探してしまうのですが、

これは、普段の生活習慣が、
そうさせてしまっているのです。

宇宙は「試練」を用意しますが、

と同時に、それを克服するために、
強力な「意志」も授けて下さっています。

自分は意志が弱い、

…と、思っている人は多いものですが、
意志ほど強いものはありません。

実際、不可能を可能にする人を、
あなたも知っているはずです。

ですが、彼らも同じ人間です。
特別に意志の強い種族など、存在しません。

あなたが、意志が弱いと思っているその状態は、
実はまだ、意志は発動していません。

本来強力である意志を、
覚醒させるために必要なモノは、

確信です。

そして、確信を育てるものは、学びです。
知識があやふやだから、確信が持てないのです。

さらに言うなら、知識を育てる学びは、
実践せねば、身につきません。

動くことを通じて体験し、
そこではじめて、確信が生まれるのです。

ですから、少しでも実行することができれば、
まったくやらない場合より、確実に確信が育ちます。

やるか、やらないか、
この差は絶大なのです。

というコトは、自分の心の中で、
小さな葛藤を感じた時こそチャンスです。

葛藤が小さなうちに、
行動して解決する癖をつけましょう。

その小さな行動の蓄積が、確信と自信を育て、
ホンモノの意志を発動させる力となります。

例えば、朝、
布団から出たくないなあ…と感じたなら、
それはチャンスです。

例えば、目の前にある課題を、
明日やればいいや…と思ったときが、
それもチャンスです。

例えば、小さなゴミが落ちているのを見て、
あとで、まとめて拾えばいいや…と思ったときが、
それこそチャンスです。

ひとつひとつは、小さな実行ですが、
それらを通じて、確信と自信が確実に成長します。

布団から出るだけです。
目の前の伝票を一枚綴るだけです。
そのゴミを拾って、屑篭に捨てるだけです。

やってしまうコトを前提にした生活を癖にして、
素晴らしい今と、理想の自分を手に入れましょう。

花療法とその背景【第6話】

肉体に宿った魂は、
物理的な世界で活躍するための場を与えられます。

魂だけの存在であれば、
時空の束縛を一切受けることなく、自由を謳歌できますが、

意識として考えることしかできず、
何も体験できません。

ですから、地球上に転生した魂たちは、
現実の世界に生きた証を刻もうとし、

それが成功すると、達成感に包まれ、
幸せな気持ちになります。

しかし、肉体を持ってしまった以上、
それを維持する必要も生じ、
本能との葛藤も余儀なくされます。

その葛藤が感情です。

もちろん、それらが好転していれば、
葛藤はありません。

魂も心も、そして身体も、
幸福な波動に包まれますが、

多くの場合、空回りしていたり、
悪循環さえすることもあるため、

ネガティブな感情を、頻繁に携えてしまいます。

エドワード・バッチの、
フラワーレメディにとっての最後の課題は、
この負の感情を癒すことでした。

彼が、この療法の開発段階の終盤のたった半年で、
そうした感情を癒す19種ものレメディを世に出しましたが、

病魔に侵されていた彼の身体的、かつ精神的負担は、
並大抵では無かったはずです。

驚異的な精神力で、この試練を越え、
完全なフルセットのレメディを完成させた彼は、

50歳を迎える、1936年の9月に、
彼にとって最後の冊子を出版しました。

エドワード・バッチの、
大衆に対する最終的なアドバイスは、
以下のように記されていました。

To prepare, take about two drops from the stock bottle
into a small bottle nearly filled with water;
if this is required to keep for some time
a little brandy may be added as preservative.

This bottle is used for giving doses, and but a few drops of this,
taken a little water, milk, or any way convenient, is all that is necessary.

In urgent cases the doses may be given every few minutes,
until there is improvement; in severe cases about half-hourly;
and in long-standing cases every two or three hours,
or more often or less as the patient feels the need.

In those unconscious, moisten the lips frequently.

Whenever there is pain, stiffness, inflammation, or any local trouble,
in addition a lotion should be applied.
Take a few drops from the medicine bottle in a bowl of water
and in this soak a piece of cloth and cover the affected part;
this can be kept moist from time to time, as necessary.

Sponging or bathing in water with a few drops of remedies
added may at times be useful.

調合する時は、水でほぼ一杯にした薬用の小瓶の中に、
ストックボトルから2滴を加えて下さい。
暫く保存する必要のある場合は、
保存料として少量のブランデーを加えると良いでしょう。

この薬用瓶を患者の服用に使います。
ここから数滴を少量の水、牛乳、その他手近な飲み物に入れるだけです。

緊急の場合には、患者の状態が改善するまで、
数分ごとに与えて構いません。
重い症状の場合は、約30分ごとに、
また長期に渡る症状には、2~3時間ごと、
あるいは患者の必要に応じて、頻度を変えることもできます。

意識を失っている場合には、
唇を頻繁にしめらせて与えて下さい。

痛みやこわばり、炎症など、体に局所的な症状のある場合は、
服用に加え、外用薬として使うと良いでしょう。
水の入ったボウルに、薬用瓶から数滴を入れ、布を浸します。
この布で患部を覆って下さい。
必要に応じて、この布を時々湿らせて下さい。

また、レメディを数滴入れた水に患部を浸したり、
スポンジに含ませて当てるのも効果的な場合があります。

ストックボトルから2滴ずつを加えるという、
今に伝承される作法は、この時に確立したようです。

保存のためのブランデーの記述についても、
ブランデーと水の割合については、
調合する者に任せています。

これも、今のやり方と同じです。

この最後の冊子になって、
薬用瓶のサイズの記述がなされていませんが、

これまでの流れを汲んで、
それが、4オンスの標準薬用瓶であると考えるコトも可能ですが、

「そこから数滴を」などの記述が、数箇所加わっているため、

これまでのティースプーンを使用した服用方法とは、
異なるスタイルであると想像でき、

ストックボトルを販売していたホメオパシィ薬局で入手できた、
何らかのスポイト付き調合瓶を指していた可能性も考えられます。

そうであれば、これらの記述が、
今の服用スタイルを決定したと言っても、
過言では無さそうです。

服用回数の頻度に関しては、
多ければ多いほど効果を出しやすい点についても、
彼の言葉の通りであるとわかりますが、

一日3~4回という回数は、最も少ない服用回数として、
最初の冊子で紹介されている程度であり、

今に伝わる、1日4回以上の摂取は、
外せない要件であることが解ります。

今回の連載の初日に掲げた謎を、再度確認しましょう。

・なぜ6~7種類なのか
・調合ボトルは、最初から存在したのか
・一回に摂取する量は、どのようにして決まったのか
・一日の摂取回数は、どにようにして決まったのか

エドワードの後継者たちによる数多くの臨床が、
本療法のこうした特徴的要素を完成させたのですが、

今回、ご紹介した遺稿の中にも、
沢山のヒントを見出すコトができました。

きっと、これからも、
この療法は成長するでしょう。

何より、レメディの種類が変わって行くはずです。

花療法とその背景【第5話】

12の基本タイプに加え、
心の癖を改善させる、
7種の新しいレメディを揃えたエドワード・バッチは、

この療法利用者のための冊子も、
三度刷新する必要があったようです。

To use the remedies,
take about a cupful of water and add only three or four drops
from the little bottles supplied by the chemist
of the needful herb or herbs, and stir it up.

If it get stale, throw it away and mix more,
or it is desired to keep it for some time
add two teaspoonful of brandy.

レメディを服用するにはコップ一杯の水を用意し、
その中に、薬局で入手した小瓶から、
必要なハーブを3から4滴加え、良く掻き回して下さい。

古くなったら捨て、また新たに作り直して下さい。
しばらくの間、保存させたい場合は、
ティースプーン2杯のブランデーを加えて下さい。

読んでみるとわかりますが、今回の説明中には、
調合ボトルのための薬剤瓶の記述はありません。

日本語訳だけを読むと、
コップでの服用を勧めているようにも見えますが、

原文を併読すると、
「コップを使う」というよりは、

調合用のサイズとして
a cupful を明示しているのが解ります。

であるとすれば、このサイズは8オンスにあたり、
それは、初期の冊子で説明したのと、
同じ量であることを意味します。

この冊子における、これらの記述の後には、
一回の服用に関して
a teaspoonful という単語を見つけることができます。

調合サイズの8オンスに対して、
一回の服用が a teaspoonful の意味する1/6オンスなら、
全体が約2週間分のエッセンスであるという計算になります。

この点も、初期の冊子と同じですが、
最初の版では、調合ボトルという発想は無かったので、
同じ意味合いであるとは言えません。

また、第二版までは書かれていなかった、
保存のための記述が、ついに登場しました。

全量に対して使用するブランデー量が少ないのは、
緯度の高い英国ならではの内容です。

僕の住む沖縄では、
こんな微量なブランデーでは、
エッセンスは、すぐに腐敗してしまいます。

また、この第三版における処方説明の中では、
子供の場合、成人の場合のような、
使用制限とも読み取れる表記が別に書かれています。

つまり、まるで一般の薬剤と同じように、
大人と子供で、一回量の指示が異なるのです。

これは、この第三版のみの特徴であり、
最終版では見当たりません。

さらには、重症の場合、慢性的問題の場合、
また、意識を失っている場合などについても、
具体的な処方例が示されており、

臨床数の増加とともに、
彼自身も試行錯誤していたことが解ります。

この冊子の出版された翌年は、
彼にとって最も過酷な一年となりました。

彼の作り出した新しい自然療法のアウトラインが、
明確になればなるほど、
英国医師会との衝突も激しくなり、

さらには、自らの健康状態の悪化についても察していた彼は、
最後のシリーズの完成に費やせる時間が、
殆ど残っていないコトを知っていたからです。

→明日に続く

花療法とその背景【第4話】

エドワードが、この半年で用意したレメディは、
セブンヘルパーズと呼ばれる新シリーズ全7種のうちの、
約半分となる4種類でした。

この新しいレメディセットは、
心の癖に関する問題を解決する植物たちです。

人間の基本となる12の心的パターンを見つけ出すためには、
心の癖を取り除かねばならないコトに、
彼は気付いたのです。

セブンヘルパーズの登場は、
フラワーレメディの進歩にとって画期的でしたが、

この半年の臨床で、
フラワーエッセンスを自分専用に調合して持ち歩くコトが、
本療法治療のスタンダードとなりました。

1933年の秋に出版された新しい冊子には、
以下のように記述されています。

TO PREPARE THE DOSES

When doses are required for a patient,
take an ordinary four-ounce medicine bottle,
pour into this four drops from the stock bottle of the required remedy,
fill up with water and shake well.

This is the medicine which is given to the patient
in doses of a teaspoonful as necessary.

Bottles of the remedy supplied by the chemist are stock
and are be used for medicating four-ounce bottles as described here.

服用分の調合について

患者が服用を必要とする場合は、
通常の4オンスの薬剤瓶に必要なストック・ボトルから4滴を入れ、
水で満たして良く振って下さい。

これを必要に応じ、
ティースプーン1杯を1回の服用分として、
患者に与えて下さい。

また、薬局で入手できるのはストック仕様ですから、
服用に際しては、ここで説明するように、
薬剤瓶を使って調合して下さい。

調合ボトルに関する記述が、
完全に成されているのが解ります。

サイズも、半年前のボトルの半分となる、
約110mlにまで、コンパクトになりました。

一般的なティースプーンは、3cc前後ですので、
この調合ボトルは、約10日分の処方だったことが解ります。

※もし、a teaspoonfulの意味するものが計量サイズであれば、
これは1/6オンスにあたるので、
4オンスは24回分となり、6日分の処方となる

また、この時点では、
調合希釈液にブランデーを使う記述がありませんので、

保存の観点で言っても、
また、英国という環境を考慮しても、
打倒な日数設定だったと言えます。

さらに、この記述の中で特徴的なのは、
薬局でストックボトルを購入できる点を名言しているコトです。

実際、この冊子の巻末には、
レメディを購入できる薬局が
住所付きで2件(キーン&アッシュ社、ネルソン社)紹介されています。

エドワード・バッチのせっかちさは有名でしたが、
たった半年の間に、薬局での販売体制を整えた彼の機動力は、
見習わねばなりません。

しかも、新しい4つのレメディは、

それまで滞在していた、
イングランド東部のクローマーだけでなく、

ロンドンの東に位置するバッキンガムシャー州のマーロウや、
初代3薬を見つけたアバガベニー(ウェールズ)において発見しており、

交通手段もままならぬ当時での、
彼の行動範囲の広さには驚かされます。

そして、さらにその半年後には、
セブンヘルパーズの全てが揃い、
新しい冊子が、再度出版されることになります。

この新しい本における、
レメディの服用方法に関する記述は、
さらに具体的になりました。

→明日に続く

花療法とその背景【第3話】

今回の連載の初日に、

調合ボトルのことを、
ドース(服用)ボトルとか、
トリートメント(治療)ボトルとか呼ぶと紹介しましたが、

フラワーエッセンス摂取に関する二つ目の謎は、
この調合ボトルについてです。

最近では、3週間分のエッセンスを、
調合ボトルにブレンドして常備する事が主流です。
※ひかりあめでは、6週間分を標準としています

この療法に携わる様々な団体が、
色々なサイズの調合ボトルを用意していますが、

最も多い使われ方は、
30mlの遮光ガラス製スポイト付きボトルに、
3週間分のエッセンスを調合し、

一回4~6滴を、
一日4回以上摂取するように勧めています。

スポイトの手で摘む部分は、
多くは天然ゴムが使用されています。

ひかりあめで使用する調合ボトルも、
遮光ガラス製ですが、

3週間仕様のボトルは10mlであり、
標準となる6週間仕様でも20mlですので、
これらの例と比べると、少々小型のボトルです。

これは、亜熱帯の沖縄でも、
エッセンスの保存性を高めるための工夫ですが、
こちらに関する詳細は、拙著に委ねます。

こうした、フラワーレメディの調合ボトルについて、
文献を探っていくと、面白いコトが解ります。

少なくとも、12種のレメディが完成した1932年当時には、
今の形では無かったコトがわかるのです。

引用する文献は、
彼が本療法の使用方法を伝えるために作った
最初の冊子「トゥエルブヒーラーズ」です。

この本は、1932年秋に執筆され、
翌年の年明けに出版されました。

One drop alone of this is sufficient
to make potent an eight ounce bottle of water,

from which doses may be taken
by the tea-spoonful as required.

こうして作ったレメディ1滴を、
水の入った8オンスの薬剤瓶に入れるだけで、
瓶の水に薬効を持たせることができます。

この薬剤瓶から、ティースプーンで必要なだけ
服用して構いません。

オンスというサイズは、
英国独特の単位ですが、

重さを表す場合なら2種類存在し、
それとは別に、容量を表すオンスも2種類存在します。

重量を表す常用オンスと呼ばれる単位は、
1オンスが28.3495gですが、

宝石や貴金属に用いるトロイオンスなら、
1オンスは31.1035gに相当します。

また、容量を測るために用いる液量オンスは、
fluid ounceと記述しますが、

アメリカ式なら29.573mlであり、
英国式なら28.412mlとなります。

エドワード・バッチの記述を見る限りでは、
重さの単位である常用オンスのようですから、

8オンスの薬剤びんとは、226.796g仕様となります。

比重1の水であれば、同量の容積ですので、
近年使用されるモノと比べると、
かなり大きなボトルだったことが解ります。

また、薬剤瓶ですので、
ある程度の密閉性は期待できたはずですが、
持ち歩くには、厳しいサイズだったでしょう。

ところで、

この英文だけを見ると解りませんが、
この時点では、調合ボトルという発想が、
まだ、ありませんでした。

近年では、製薬したレメディ(マザー・ティンクチャ)を、
まず、保存用(ストック)濃度に希釈しますが、

これが、市販の状態であり、
マザーティンクチャを数百倍に希釈したモノです。

これをストックボトルと称します。

その後、ここから2滴ずつを調合し、
ブレンドされたレメディを
携帯できるようにしたモノが調合ボトルですが、

この冊子で紹介している服用スタイルは、
実は、このストック段階のエッセンスのようなのです。

つまり、この英文に示された
「こうして作ったレメディ1滴」とは、
製薬し立てのマザーティンクチャを指します。

ですから、かなりエネルギー強度の高い一滴なのです。

ちなみに、本家と名乗るネルソン社のストック濃度は、
100000倍に希釈しており、
これは、調合ボトル並みのポテンシィです。

つまり、これをストックのつもりで調合してしまうと、
かなり濃度が薄くなることを意味します。

この冊子は、

レメディの種類増加に合わせ、
言い換えるなら、フラワーレメディの進化に合わせて、

エドワード・バッチ自身の手で、
このあと、3度改訂されましたが、

同年の秋、4種のレメディが追加されたため、
新たな版が登場します。

すると、こちらの冊子には、
調合ボトルが登場するのです。

→明日に続く

花療法とその背景【第2話】

それでは、
最初の謎に向き合ってみましょう。

レメディを6種から7種まで
選ぶことができるという根拠は、
どこから来ているのでしょうか。

そして、どうして6種から7種という、
中途半端な設定なのでしょう。

それは、1933年に発刊された、
会報誌「ヒール・ザイセルフ」の2月号に、
見つけ出すことができます。

エドワードは、その前年に、
シリーズの基礎となる12種類のレメディを完成させました。

フラワーレメディによる治療を、
本格的に始める準備の整った彼は、
この療法を新聞広告に打つという暴挙に出ます。

広く告知する目的で行った、
彼のこの行為は、

医師による広告を禁じていた英国医師会から、
当然のようにクレームを投じられましたが、

西洋医学に対する興味を、
完全に失っていた彼にとっては、

人々にフラワーレメディを知らしめることこそが大切であり、
将来、自身の医師免許が剥奪されることになっても、
構わない覚悟が、既にできていたようです。

彼のこうした言動によって、
その療法の存在を確かめようとした大衆から、
エドワードは沢山の問合せを受けることになり、

そうした対応のひとつとして、
独自の会報誌を発刊することになりました。

この時の文章は、次のように始まっています。

The twelve remedies
which I have been working on for the last five years
are proving so wonderful in their curative results

and they are bringing health to so-called incurables,
even where homeopathic treatment has failed,

that I am endeavouring to make the prescribing so simple
that they can be used by all lay people.

過去5年に渡って研究してきた12種のレメディは、
病気の治療に素晴らしい効果を証明し続けています。

ホメオパシーの治療さえうまくいかなかった、いわゆる不治の病でも、
非常に多くの患者が健康を取り戻しました。

私は、医療を専門としない人も、皆がレメディを使えるくらい、
簡単な処方となるよう努めています。

太陽法の確立した1930年には、エドワード・バッチは、
彼に名声を与えた独自のノソード療法も止めており、
ホメオパシィとも決別した状態でした。

西洋医学でもなく、ホメオパシィとも異なる、
新しい発想のシンプルで安全な療法が、

大自然を背景に誕生したことを、
彼は宣言しているように見えます。

そして、この会報誌では、
彼の発見した12種類のレメディを紹介した後に、
問題への答えとなる文章が記されています。

As the patient improves,
it will often be found necessary to change
the remedy as his state changes,

and in some cases even as many as
half a dozen different herbs may be required.

患者が回復するに従い、症状の変化に応じて、
レメディを変えることが度々必要になります。

場合によっては、半ダースほどの
異なったハーブが必要になることもあります。

彼の用意した基本レメディ数である12は、
一年の月の数や、星座12宮とも関係し、
イエス・キリストの使途の数とも同じですが、

12という数は、言い換えるなら1ダースです。

つまり、彼がこの時点で用意していた
1ダースのレメディの半数となる6種前後は、
一度に処方しても良いと、彼は言っているのです。

こうなると、次に疑問となるモノは、
レメディの最大処方数ですが、

これに関しても、6種前後という目安はあるものの、
彼自身も、その臨床の中で、
例外的なケースを遺しています。

エドワードの遺した処方メモの中で、
Miss Breedonには、9種のレメディを、

そして、Miss Mountfordへの処方にも、
別の9種のレメディが記されています。

このうち前者には、
レスキュー・コンビネーションが含まれますが、
後者は、そうではありません。

波動療法である以上、
多過ぎるレメディが雑音化してしまう点については、

自著や講座で説明していますが、

このように、必要に応じて
自由度の高い処方を検討しても良いようです。

→月曜日に続く

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