本名で生きる

ひかりあめのゆうすけ改め、暢弘(のぶひろ)です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

ここ数日、沖縄も寒い日が続いています。

2週間後の24日、旧暦12月8日の、
ムーチーの日が近付いているのですから、
この寒さは当然なのかもしれません。

さて、Facebookと週刊メルマガでは、
既にお伝えしましたが、

本年1月4日より本名の、
齋藤暢弘(さいとうのぶひろ)で活動しております。

妻の誕生日でもあった同日に、
サプライズも兼ねて彼女に宣言したところ、
予想外に喜んでくれ、

驚かそうとした僕が、驚いてしまいました(笑)

シンガーソングライター時代のステージ名を、
セラピストとなってからも、ずっと名乗り続けていましたが、

土星回帰2巡目となる今年を、より良き年にするために、

17年ぶりに本名を取り戻そう!と、
1月2日の初詣&満月詣の際、ふと思い立ったのです。

日本に古くから伝わる言霊に沿うなら、
氏名(なまえ)は、使命(現世のミッション)なのだそうです。

氏名とは、生誕時に両親から授かるもの。
つまりそれは、自分では決められませんよね。

ですから、そこには、
一切の「我(が)=エゴ」が宿っていません。

日本人の心の故郷でもある神社では、
(かがみ)をご神体とされていることは、
多くの人の知るところでしょう。

鏡とは三種の神器のひとつで、神聖なアイテム。
庶民が手に入れられるようになったのは、
江戸時代以降のこと。

風水の世界でも、強い反射力があるとされ、
鏡を磨かないと、
その家の波動が落ちるとまで言われます。

神社にお詣りに出向き、
ご神体と向かい合えば、

聖なる鏡に自分の姿が映ります。

そして、その「鏡(かがみ)」から、
「我(が)=エゴ」を外せば、「神(かみ)」になります。

そこに映る「自分自身」から「我」を外し、
神性と出会え!という意味なのです。

現世に生れ落ちたときの、最初の贈り物が、
我とは無縁で、しかも一生使う大切な「氏名」を、

宇宙からの聖なる導き(=使命)に向かって
邁進する覚悟を決めたのなら、

氏名と伴に生きるコトが、
最も自然なのではないでしょうか。

さて、この正月明けから、

消失したホームページの、
復旧作業を進めていましたが、

今朝未明、最後の課題だった、
智子のエッセイの再掲載も終えました。

コンテンツが不十分な面も目立ちますので、
追々、補って行こうと思います。

今回のデータベースの事故によって、
消失した情報は甚大でしたが、

その一方で、こうして、
ホームページとブログの一体化したサイトが誕生し、
シンプルになって良かったと感じています。

特にスマートフォンからご訪問の皆様には、
パソコン版と同じデザインで
お楽しみ頂けているはずです。

ピンチはチャンスの前触れなんですね。

本籍を久高島へ…

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

今日は、旧暦の5月1日、
4時44分という印象的な時刻に、
双子座の新月を迎えました。

今朝発刊したメルマガでも触れたのですが、
僕は今日、本籍を移動しました。

現住所ではなく、本籍だけです。

戸籍法で言うところの、
「転籍」というやつです。

戸籍法によれば、日本の領土内で、
番地の特定できるロケーションであれば、
本籍はどこでも自由に選べます。

その転籍手続きをするために、
午前9時過ぎ、地元の北中城村役場に出向き、

書類の不備で、
一旦自宅に戻るハプニングもありましたが、
基本的には問題なく転籍が完了しました。

戸籍謄本と転籍届、認印、身分証明書が必要です。

そして、転籍を終えた、
僕たち家族の新しい本籍地は、こちら!

沖縄本島の離島、大好きな久高島。
言わずと知れた、神の島です。

これまで一度しか、
僕は訪れたことはありませんが、

島全体の柔らかい雰囲気は、
新しい地球の求める、
ワンネスそのものに感じました。

もちろん、
来月入籍するパートナーの意見も、
傾聴しての行動です。

当然のことですが、

本籍を移動すれば、戸籍関係の書類は、
新しい本籍地から取り寄せねばなりませんし、

運転免許証やパスポートは、
本籍地変更もせねばなりません。

僕たちは、そんな手間をも、
楽しめそうでしたので、
今回の転籍に踏み切ってみました。

何か、とてつもなく素敵なコトが、
起こりそうな、そんな予感がします。

神との初対話

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

11日の早朝、驚くべきことが起こりました。

いつものように、お腹が空いたと主張する、
わが家の三姉妹猫たちのために起床し、

彼女たちのお手洗いを掃除し、
ご飯を用意し、
マッサージをしていました。

すると、三姉妹の中の、
後から加わった双子姉妹の内のポンが、

いつになく人懐っこく、
僕の傍でデングリガエリをしながら、
喉を鳴らすのです。

あんまり可愛いので、暫く彼女に付き合って、
掃除用の刷毛を使って遊んでいました。

10分くらい、遊んでいたと思います。

すると彼女が、日本語をしゃべったのです。

 うまく行ってるのだよ。

僕は思わず聞き返しましたが、
声の主は、ポンとしか思えないのです。

時刻は午前4時を、少し回ったころでした。

最近、光の革命の間では、
地球外生命体とのテレパシーコンタクトの実験をしており、
それが午前4時を指定されることが多いのですが、

もしかすると、ポンの身体を使って、
何かがメッセージをもたらそうとしているのかと思い、
メモを近くにおいて、瞑想をはじめたのです。

すると、

洪水のようなメッセージが、
頭の中に溢れ始めるではありませんか。

急いでメモを取ったのですが、
まったく間に合う速度ではありません。

A5サイズの紙に、殴り書きをすることになったのですが、
自分でも何を書いたのか判らなくなりそうでしたので、

少しでも覚えているうちの、
記憶している内容を、パソコンに入力しようと思い立ちました。

メッセージの洪水は止み、
僕自身も、落ち着きを取り戻したのですが、

せっかくの言葉の殆どを書き損ねたことに後悔し、
速記のスキルを勉強しておけば良かったと反省もしつつ、
パソコンの前に座ったのです。

すると、普段はシャットダウンして終えるはずのパソコンが、
スリープモードから迅速に立ち上がり、

さらに驚いたのは、
日本語エディタの白紙ページが、目の前に現れたのです。

あっけに取られつつも、
殴り書きの紙を見ながら、タイプをし始めると、

書き損ねた単語の選び間違いをすると、

 そうではない

…という言葉を「感じ」、

紙を見てはいるのですが、
僕の思考を無視して、指が勝手に文章をタイプするのです。

結局、A4の紙にびっしりの内容を、
全く思い出すという作業を必要とせず、
メッセージを書き綴ることに成功しました。

速記のスキルは、不要だったのです。

書き留めた内容を読むと、
地球外生命体からのメッセージではなく、

2004年からの十年間、
ひかりあめを守護して下さった存在からのものでした。

内容は、大きく分けて4つありました。

どれもこれも、この十年間、
僕が疑問に感じていたことへの答えでした。

当事者には気付けない、
でも、守護して下さった存在には判るであろう、
客観的な言葉の数々で、

読めば読むほど、心が安らぐのが判りました。

その後は、翌朝も、そして今朝も、
メッセージを感じていません。

答えは、求め続けるモノにもたらされるというのは、
どうやら本当のことのようです。

これも、自然則に沿った生活を送り続けて来たことへの
神様からのご褒美なのかもしれません。

ちなみに、このメッセージを受け取ることとは無関係に、
その日は髪を、ばっさり切るつもりでいたのですが、

予定通り、いつも利用する床屋に出かけ、
人生初の五分刈りにして頂きました。

鏡に映る自分が、慣れ親しんだ僕ではなくなり、
全く別の「ゆうすけ」が、誕生したような気分です。