独学と自己治療

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

昨年の2月の投稿で、
僕の独特な独学法をご紹介しました。

簡単にまとめるなら、

気に入った本を、著者の気持ちになり切って、
淡々と書き写す勉強法です。

今回も、その勉強法が、
独学としてだけでなく、
セルフケアにも役立ってくれました。

今回、書き写した本は、こちらです。

英国ヒーリング・ハーブス社代表、
ジュリアン・バーナード氏の超大作の日本語版です。

2つ並べた1冊目が、
アメリカで2004年に出版されたもので、
今回の日本語化の対象となったもの、

そして2冊目が、
英国で2002年に出版されたもので、
僕は2005年に英国のアマゾンから取り寄せ、
数年を掛けて読了したものでした。

2009年に渡英した際、
ジュリアン氏とお会いする機会があり、
その場で本書の読了をお伝えしたところ、

数年後に彼からメールが届き、
日本語版を作るから協力して欲しいと依頼され、

谷口みよ子さんをフォローする形で、
日本語版製作に携わったのが、2011年からでした。

ですから、英語でも読んでおり、
日本語版の製作段階でも、何度も読んでおり、

その後、出版された本としても、
数回読了していました。

ですが、今回この本を、
かつて、古典占星術を学んだときのように、
書き写そうと、いえ、
書き写さねばと、思ったのです。

人生3度目となる離婚手続きが始まったのが、
今から2か月前、2月の中旬でした。

自分の置かれた状況が判らぬまま、
体重は十キロ以上落ち、
眠れないだけでなく、早朝の吐血も始まり、

本来、誰かを癒す立場の人間から、
自分がどんどん遠ざかっていることを、
混乱する思考の中にいながらも、
自身を俯瞰している僕がいました。

そして、このとき、ふと思い出したのが、
本書の275ページにある一文でした。

 助けを求める叫びは聞き届けられる…
 と、バッチ博士は記しました。
 闇夜の後に、太陽は昇ります。

 スイート・チェストナットより

この本「植物のかたちとはたらき」の中で、
一番最後に紹介されているレメディ植物が、
このスイート・チェストナットです。

この一文を思い出し、
そのページを見つめていた僕は、

最初に紹介されているインパチェンスから、
最後のスイート・チェストナットまでを、

書写しながら、壊れかけている自分を、
思い出そうと誓ったのです。

実際に書写をはじめてみると、
それは楽しい時間でした。

一日に数時間、ぶつぶつと読みながら、
淡々と書き写し続けました。

かつて、何回も読了していながら、
その深さを見落としていた部分も多々あり、

そして、僕自身を治療家に目覚めさせた、
フラワーレメディの底力と、

エドワード・バッチの洞察力と感性に、
沢山の涙を流すハメになってしまいました。

最初の3レメディの書写を終えた頃には、
早朝の吐血は止まっており、

そして、後半のレメディの書写を始めた頃には、

不眠も殆ど改善され、
体重も戻ろうとしていることを体感できました。

夢中になって、何かに没頭することは、
ここまで自己治療を促進させるのです。

そして、全ての書写を終えたのは、
今から一週間前の4月14日でした。

その前日には、フラワーレメディ講座の受講生と、
お茶を頂きながら、もうすぐ書写を終える話しを、
していたばかりでした。

転んでも、ただでは起きぬ
…という諺を、ご存じでしょうか。

僕の場合、実際の諺の意味とは少々異なりますが、

どん底をチャンスに変えようとする、
めげない潜在意識に、いつも助けらているようです。

上の画像の子猫は、紙袋の中で身動き出来ませんが、
自分の置かれた状況を楽しんでいます。

あきらめない!とは、少し違う、
状況を受け入れて、糧にしようとする姿勢が、

猫好きの僕と似ているかもしれません(笑)

次のステージへ

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

2009年に発刊された、僕の初著です。

書籍データを失って、
重版できなかったこともあり、

今月、2月末で、流通から姿を消すことになりました。

アマゾンやhontoなどで、ご覧頂けるのも、
残すところ、3週間ほどです。

この出版は、僕に様々な出会いを引き寄せ、
純菜食者となる、大きなきっかけにもなりました。

電子図書では、こうはならなかったと思います。
やはり、本は紙がイイな、僕は。

先日、久しぶりに通読してみたのですが、
あの頃の僕のエネルギーに満ち満ちていて、

その本気度満載具合が、愛おしくなりました(笑)

今を去る14年前、那覇の市場内で開業し、
蒸し暑かった店内にエアコンを設備したくて、
銀行に融資を頼みに行ったことがあります。

その日の融資担当者の男性職員は、
こう言って、僕の融資を断りました。

 薬事法や酒税法と闘う姿勢は買いますが、
 日本で合法的ではない事業に融資はできません。

あたりまえです(笑)

そうであるなら、僕が広告塔になってやろう!
そんな思いが、この本の出版の原動力でした。

そりゃ、本気!なはずです(笑)

そうした沢山の思い出は、タイムカプセルに詰め込んで、
懐かしい本名「暢弘」を取り戻した僕は、

次のステージに向かいます。

それって何処です?って、聴かないで下さいね。
僕にも判らないんですから(笑)

そうそう、野望は変わりませんよ。

幸せなお金持ちになって、
沖縄中の基地を、森に返します。

もちろん今は、ただ漠然と、妄想をしている段階です。

でも、こんなコトが現実化したら、
沢山の沖縄の大人たちから、きっと反感を買うのでしょうね。

でも、彼らの子どもたちも、そして動物たちも、
例外なく喜ぶと思うのです。

未来は、子供たちのためのものですから。

誠実さというエネルギー

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

一昨日、1月20日より、
セッション等のご予約の変更や
キャンセルに関する、

ひかりあめの姿勢を、
明示させて頂くことにいたしました。

これからも皆様と末永く、
良好なお付き合いをさせて頂きたい、
そんな願いを込めたものです。

ひかりあめが誕生して13年3ヶ月の間、
特に昨年の秋口くらいまでは特に、

そうした変更やキャンセルには、
クライアント様の状況や背景を考慮し、

可能な限り柔軟に、
そしてクライアント様のご負担にならぬよう、
対応させて頂いておりました。

例えば、セッション当日に、
ご変更やキャンセルのご連絡を頂戴しても、
毎回、こころよく承っており、

キャンセル料を頂戴するなど、
全く考えたこともなかったのです。

そうした、こちらの対応に、
クライアント様から喜びの声を頂けば、

こちらも嬉しいはずなのですが、

僕の内奥には小さな苦しみが
見え隠れしていました。

正確に言うなら、
苦しんでいる自分がいると判ったのが、
去年の秋口でした。

自分を責めるような、
自分を否定するような、

そんな感情に似た苦しみが、
僕の中にあると気付いたのです。

クライアント様を大切にする姿勢は、
純粋に良いのですが、

それは、セッションやワークショップの
提供側としての肯定感が、
全く伴っていない言動でしかありません。

そこに気付くのに、
僕は13年間も費やしたのです(笑)

クライアント様に対して、
誠実であり続けることとは、

そうした自分自身を高波動で保ち続けること、
在り続けると同じであって、

自責や自己否定のエネルギーを、
魂が喜ぶわけがありません。

だからこそ、そこに葛藤が起こり、
苦しみとして感じることになったのでしょう。

今回の、ひかりあめの姿勢の明示に関する、
正式なご案内ページはこちらです。

もちろん、こうしたポリシィや料金について、
ご納得頂けないクライアント様も
いらっしゃるかもしれませんが、

ひかりあめとしては、
良質なセッションやワークショップを
自然なかたちでご提供し続けるために、

つまり、クライアント様に対して、
誠実であり続けるためには、

まず、自らに対して、
誠実であろうと決めたのです。

誠実さというエネルギーは、
自身の内側で育まれた誠実さが、
外に向けて放たれるだけのことなのですね。

本名で生きる

ひかりあめのゆうすけ改め、暢弘(のぶひろ)です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

ここ数日、沖縄も寒い日が続いています。

2週間後の24日、旧暦12月8日の、
ムーチーの日が近付いているのですから、
この寒さは当然なのかもしれません。

さて、Facebookと週刊メルマガでは、
既にお伝えしましたが、

本年の初開所日となった1月5日より、
本名の「齋藤暢弘(さいとうのぶひろ)」で活動しております。

シンガーソングライター時代のステージ名を、
セラピストとなってからも、ずっと名乗り続けていましたが、

土星回帰2巡目となる今年を、より良き年にするために、

17年ぶりに本名を取り戻そう!と、
1月2日の初詣&満月詣の際、ふと思い立ったのです。

日本に古くから伝わる言霊に沿うなら、
氏名(なまえ)は、使命(現世のミッション)なのだそうです。

氏名とは、生誕時に両親から授かるもの。
つまりそれは、自分では決められませんよね。

ですから、そこには、
一切の「我(が)=エゴ」が宿っていません。

日本人の心の故郷でもある神社では、
(かがみ)をご神体とされていることは、
多くの人の知るところでしょう。

鏡とは三種の神器のひとつで、神聖なアイテム。
庶民が手に入れられるようになったのは、
江戸時代以降のこと。

風水の世界でも、強い反射力があるとされ、
鏡を磨かないと、
その家の波動が落ちるとまで言われます。

神社にお詣りに出向き、
ご神体と向かい合えば、

聖なる鏡に自分の姿が映ります。

そして、その「鏡(かがみ)」から、
「我(が)=エゴ」を外せば、「神(かみ)」になります。

そこに映る「自分自身」から「我」を外し、
神性と出会え!という意味なのです。

現世に生れ落ちたときの、最初の贈り物が、
我とは無縁で、しかも一生使う大切な「氏名」を、

宇宙からの聖なる導き(=使命)に向かって
邁進する覚悟を決めたのなら、

氏名と伴に生きるコトが、
最も自然なのではないでしょうか。

さて、この正月明けから、

消失したホームページの、
復旧作業を進めていましたが、

今朝未明、すべての再掲載も終えました。

コンテンツが不十分な面も目立ちますので、
追々、補って行こうと思います。

今回のデータベースの事故によって、
消失した情報は甚大でしたが、

その一方で、こうして、
ホームページとブログの一体化したサイトが誕生し、
シンプルになって良かったと感じています。

特にスマートフォンからご訪問の皆様には、
パソコン版と同じデザインで
お楽しみ頂けているはずです。

ピンチはチャンスの前触れなんですね。

土星は山羊座へ

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

出雲大社への21日間詣を終えた12月20日のお昼過ぎ、
土星が僕の出生のサインである山羊座に、
30年ぶりに帰って来ました。

そして、去った10月10日には、
木星が出生のサインの蠍座に12年ぶりに戻っており、

僕のソーシャルプラネット全てが、
今、出生のサインで輝いていることになります。

これは、人間の人生が100年前後とした場合、
一生に一度だけ起こる、約一年間の天体ショーです。

木星の公転周期は12年、
土星の公転周期は29.5年のため、
その最小公倍数となる59歳前に起こります。

木星と土星は、ソーシャルプラネットですから、
その人と社会との関わりが、
最も密になる一年間と言えるのですが、

社会的には、この時期は定年前だという皮肉な現実が、
せっかくの惑星たちの応援を、
受け取れない状態にしています。

つまり、59歳に向かうこの瞬間こそ大切にし、
社会に対して最大限に輝くことが、
宇宙の求める姿勢と言えるようです。

特に僕の場合、転生時の創造主との約束を示す、
アセンダントのタームが蠍座の木星ですので、

12年に一度訪れる、木星回帰の度に、
自分らしさを発揮しやすくなります。

12年前と言えば、ひかりあめを始めた直後で、
当時はフラワーレメディの啓蒙に、
注力していた時でした。

そして、その12年後、
自然療法による治療だけに留まらず、

その人の魂の成長と寄り添える治療家として、
邁進している自分を誇りに思います。

それにしても、21日間詣を始めたきっかけは、
内奥から湧き出たインスピレーションでしたので、

それを満了する日に
僕の土星が回帰する事実を知ったときには、
少々、鳥肌が立ちました(笑)

最近、プライベートで
鳥肌の立つコトが多いのですが、

星々の期待に応える時が、
ついに到来したからなのでしょうね。

美しくゴミを出してみると

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

僕の住む集落では、週に2回の可燃ゴミ回収、
1回の不燃ゴミと危険ゴミ、そして資源ゴミ回収が
それぞれ別の曜日に設定されており、

資源ゴミ以外は、村指定の有料ゴミ袋に詰めて、

指定された時刻までに、
自宅敷地の入り口に出しておくことで、
委託業者さんによって回収されます。

ゴミ袋が有料だということもあってか、
わが家を含む多くの家庭では、

袋の中に入るだけのゴミを詰め込んで、
袋の口を風呂敷のように縛って出したり、

縛る余裕が無いほどに袋がパンパンな場合は、
袋の口をガムテープで止めて出したりと、

お世辞にも綺麗な出し方ではありません。

そんな中、僕たち夫婦の朝のウォーキングの途中、
立派な屋敷に住まれる家主さん宅のゴミが、
あまりにも綺麗に出されている、
そんな風景に出くわしました。

どのゴミ袋も程よく上品に膨らんでいて、
袋の口は巾着のようにまとめて、
麻紐で括っていたのです。

家主さんも、奥様も、
とても風格を感じる方々で、
大型の老犬と一緒に暮らされているのですが、

屋敷の立派さと調和したその美しさは、
ぜひ真似させて頂こうと思い立ったのでした。

それからというもの、
ゴミの収集日が待ち遠しくなり(笑)
そのお宅を真似たゴミ出しを続けているのですが、

ゴミを捨てている感覚を忘れるくらい、
毎回、気分はシャン!とするのです。

そのお宅が、ゴミを綺麗に出されている事実は、
実は随分以前から気付いていました。

ですが、真似をしようとは思ったのは、
ほんの数週間前のコトです。

それまでは、その整然と並んだゴミ袋たちは、
ウォーキング中に通り過ぎる、
一つの風景でしかありませんでした。

僕の中で、何かが変わろうとしているのでしょう。
というか、明らかに変化が起こっているようです。

もしかしたら、一ヶ月程前から始めた、
4種類のレメディの効果かもしれません。

これらのレメディは、
ひかりあめで日常的に使うバッチフラワーではなく、

そのうちの2種類はアラスカン・エッセンス、
もう1種類はパシフィック・エッセンス、
残る1種類はブッシュフラワー・エッセンスです。

それぞれポテンシィが異なりますので、
5分ずらして3本の調合ボトルから服用しています。

フラワーレメディのステキなところは、

問題や症状を癒してくれるだけでなく、
自分自身を次のステージに、

言い替えるなら、さらなる高みへと
誘ってくれるところではないでしょうか。

これは治療を超えた、
進化と言えるのかもしれません。

もちろん、バッチフラワーでも、
セカンド・ナインティーン、セブン・ヘルパーズ、
トゥエルブ・ヒーラーズと、

それぞれが癒す波動領域が異なりますので、

僕の初著の91~96ページでも書きましたが、
「3つの治療ステップ」を活用して、
自身の高みを目指すことが可能です。

ひとは、問題や症状に困ったときは、
何らかの治療に期待してしまうものですが、

それらが手放せた後も、
僕たちの魂の旅は終わっていませんので、

こうした、次のステージを
目指せるツールを積極的に活用して、

ご自身をバージョンアップされてみては如何でしょう。

チャンス!

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

天候に問題の無い限り、毎朝、
自宅前の通学路のゴミを拾う僕ですが、

もう、7年目ですので、
当初、小学生だった子供は中学に進級し、

中学生だった子供は、髭をはやし、
顔見知りのお年寄りは、シワが深くなり、

などなど…、

興味深いタイムラインの中で、
充実の日々を過ごしています。

当然、僕も年齢を重ねていますが、
菜食や減食のおかげか、
体力も、見た目も、殆ど変っていません。

それは、さておき、

7年経った今でも、
こうして、誰かの捨てたゴミを、
拾う僕のコトを、

気の毒な人として、
観る方も少なくありません。

確かに、煙草を吸わない僕が、
ポイ捨ての吸い殻を、一つ一つ拾っています。

コンビニとは無縁の僕が、
惣菜袋やアイスのバー、カップ麺の容器を、
分別して拾っています。

子育てを終えた僕が、
使用済みの紙オムツを拾っています。

ですが、この一瞬一瞬は、
僕にとって、

成長のチャンスでしかありません。

以前にもブログで書きましたが、
一つゴミを処理する度に、
僕の中の何かが、
成長している実感があるので、

朝の、この小さな習慣は、
やめられないのです。

捨てられたゴミたちも、
拾われた瞬間に、
肩の荷を下ろしたように感じるし、

地球の波動が、
ほんの少し上がるのも判ります。

とにかく、僕は地球が大好きだし、
最後の3次元人生を大切にしたいから、

きっと、超次元に帰る前日まで、
ゴミを拾い続けるんでしょう。

ぜひ、あなたも、ご一緒しませんか?

白菜漬けの塩分量

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

この冬は、白菜の漬物に拘ってました。

処方用だけでなく、自宅用としても、
幾度となく漬け込んだのには、
理由がありました。

それは、最適な塩分量を見つけるためです。

最近、調理に使用している自然塩は、
塩分換算量94グラムの「瀬戸内の花藻塩」ですので、
※精製塩を100グラムとした数値

この記事を参考に、
漬物作りにトライされる場合は、
ご自宅の塩の塩分換算量を基準に、
逆算して頂く必要があります。

ちなみに、僕の日頃の漬物作りでは、
野菜重量の2.5%の自然塩を使います。

野菜重量が500グラムなら、
それに0.025を掛けた、
12.5グラムの自然塩を加えるワケです。

そのため、0.1グラムまで計量できる、
キッチンスケールは必須です。

昨年末、旬の白菜が目に飛び込んで来たとき、
かつて、母親が作ってくれた白菜漬けを思い出し、
彼女の味を再現したくなりました。

そこで、自分のセオリーに倣って、
2.5%の塩で漬け込んでみたところ、
今までにない不思議な体験をしました。

毎日、天地返しをしながら、
漬け込んで一週間まで、毎日味見をしたところ、

最初の5日間は、白菜の味が際立ったり、
塩分が際立ったりを繰り返し、
漬物として成立しないのです。

ところが、5日目を境に、
急に双方(白菜と塩)が調和して、
イッキに漬物らしくなりました。

この調和した状態の塩加減を参考に、
2.5%だった塩分量を、
0.1%ずつ減らして、
何種類も漬け込んでみたところ、

僕の味覚が記憶していた母親の漬物は、
2.1%だと判ったのです。

彼女の白菜漬けには、
鷹のツメや柚子の皮、
細切りの人参なども仕込まれていたので、
全く同じ風味ではありませんが、

白菜と自然塩のパートナーシップに、
とことん拘れた今年の冬は、
なかなか充実した数か月間でした。

出産準備

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

沖縄は、朝の曇天から一転し、
午前11時頃から快晴となりました。

…というわけで、出産準備の大掃除をしました。

もちろん、出産するのは、
僕ではありません(笑)

通いの猫のピックリが、
どうやら妊娠している様子なので、
彼女の無事な出産と、安全な育児のために、
彼女のお気に入りに場所、二箇所の大掃除です。

治療所玄関横にある物置は、
前回の彼女の出産時に活躍した場所でしたので、
まずは、そこから大掃除です。

まだ春先なので、蜘蛛の巣も殆どなく、
枯葉と埃の掃除程度でした。

かつては、この空間には、
色々なモノを収納していましたが、

一昨年の断捨離以降は、
大型の脚立と竹箒がある適度ですので、
昨今のそこは、猫たちが安心して憩える、
貴重な空間です。

二箇所目は、自宅玄関前にある、
猫用シェルターです。

掃除を終えて、ブログ用に撮影をしたところ、
妊娠している(と思われる)ピックリが、
被写体に参加して来ました。

判りにくいですが、写真中央にいます。

可愛いなあ (=^・^=)

ピックリの向こう側にある、
ブルーシートの掛かった構造物が、
シェルターの外壁で、

手前に見える淡いブルーの樹脂製の箱が、
石油缶入れを改造して作成した、
シェルター内部の居住空間です。

その右手に写っている、二つの白い籠は、
居住空間の下に敷き込むスペーサーで、
内部への過剰な湿気の侵入を防ぎます。

正倉院を参考に、高床式を採用しました(笑)

このシェルターは、様々な試行錯誤を経て、
現在のカタチに落ち着きましたが、
風雨にも強く、メンテナンスも楽で、
僕も気に入っています。

ピックリの赤ちゃんが、
無事に生まれますように。

そして、健やかに育ちますように。

想い、想われる

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

あなたにとって、お弁当とは何でしょうか。

僕は、誰かのためにお弁当を作る時、
その前日や前々日くらいに、必ず夢を観ます。

お弁当を作っている自分を、
シミュレーションしているような、
そんな夢です(笑)

2メートルくらい上空から、
自分を観ている時もあります。

娘が高校に通っていた十数年前、
当時は、毎朝お弁当を作っていましたので、
あまりに日常過ぎたせいか、
こうした夢を観るコトは、ありませんでしたが、

お弁当を時折作る程度となった昨今では、
ほぼ確実に、この現象を味わいます。

その誰かに、楽しんでもらえるように、
その人のイメージをお弁当に重ねるうちに、

想いが膨らんで、映像化するのでしょうね。

ところで、お弁当の語源、ご存じでしょうか。
ウィキペディアでは、こう説明しています。

 「弁当」は「好都合、便利なこと」を意味する
 中国南宋時代の俗語「便當」が語源とされ、
 「便道、辨道」などの漢字も当てられた。

 「辨(そな)えて、用に當(あ)てる」ことから
 「辨當(弁当)」の字が当てられたと考えられる。

どうやら、便利な、携帯できる食事、
…という意味合いのようです。

便利さを象徴するコンビニエンス・ストアが、
お弁当ビジネスに、
躍起になる理由は、判る気がしますが、

添加物てんこ盛りの、そうした「買い弁」には、
便利さだけが集約され、

残念ながら、そこには、
想いの欠片もありません。

一食のお弁当は、想いを伝え、
食べる側も、想われている自身を味わえる、

それが、調和の国「日本」の、
お弁当の姿ではないでしょうか。

語源に関係する、その利便性は、
合理性を重んじたり、
商業ベースになった時に付随したのでしょうね。

ちなみに僕にとって、それは、
いつも「お弁当」であって、
決して「弁当」ではありません。

ご存じの通り、「お弁当」の「お」は「御」であり、
この、たった一文字が接頭することで、

尊重、敬い、
丁寧、上品、

そんな言霊に、
大変化(だいへんげ)してくれるからです。

Scroll to top