satoko's essay

第五話 表現すること

表現することには、
長年ブロックがありました。
 
自分の表現、差し出すもの全てに自信がなく、
相手の物差しを基準に、自分を測っている感じで、
 
なにかを表現しようとするたびに、
そわそわ、ざわざわし、窮屈さでいっぱいになりました。
 
相手が求めることは何だろう。
なにをどのように表現したら、喜ばれるかな。
こんな事を伝えたら、どう思うだろう。
 
などと、周りの人の反応が、
私の価値を決めているように感じていたのでした。
 
たとえば、メールを送るときには、
悩んだ末、儀礼的で当たり障りのない文章を送り、
 
送信後にも、そのメールを読み直しては、
擦り切れるような気分でいました。
 
今思えば、自分が本当に伝えたいことは何なのかを無視し、
わかるはずのない相手の思いを読み取ろうとして、
消耗していたのでした。
 
自分が本当に伝えたいこと。
それを伝えて、相手がどう反応しても自由。
 
私も、あなたも、自由。
それが表現だと気がついたのは、最近のことです。
 
自分自身を開き、背伸びすることなく、
ありのままに表していくほど、
 
表現への、執着や葛藤は消失し、
喜びに満ちて表現できることもわかりました。
表現を恐れることはない。
 
一人一人が皆、
何かしらの表現者なのだと思います。
 
ある人は、言葉で、
ある人は、楽器で、歌で、
ある人は、踊りで、
ある人は、絵で、
ある人は、生き方そのもので・・・
 
私は、誰にでも、自分らしく、自然体で
表現できる分野があるのではないかと思っています。
 
自然体で表現することは、
自然体で生きること。
 
時には、表現に恐れを感じる事もありますが、
自分らしく生きる心地よさを一度知ってからは、
恐れを超えて、表現する事ができるようになりました。
 
これからも、私は、
自分らしく自然体で表現していきたいです。