誠実さというエネルギー

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

一昨日、1月20日より、
セッション等のご予約の変更や
キャンセルに関する、

ひかりあめの姿勢を、
明示させて頂くことにいたしました。

これからも皆様と末永く、
良好なお付き合いをさせて頂きたい、
そんな願いを込めたものです。

ひかりあめが誕生して13年3ヶ月の間、
特に昨年の秋口くらいまでは特に、

そうした変更やキャンセルには、
クライアント様の状況や背景を考慮し、

可能な限り柔軟に、
そしてクライアント様のご負担にならぬよう、
対応させて頂いておりました。

例えば、セッション当日に、
ご変更やキャンセルのご連絡を頂戴しても、
毎回、こころよく承っており、

キャンセル料を頂戴するなど、
全く考えたこともなかったのです。

そうした、こちらの対応に、
クライアント様から喜びの声を頂けば、

こちらも嬉しいはずなのですが、

僕の内奥には小さな苦しみが
見え隠れしていました。

正確に言うなら、
苦しんでいる自分がいると判ったのが、
去年の秋口でした。

自分を責めるような、
自分を否定するような、

そんな感情に似た苦しみが、
僕の中にあると気付いたのです。

クライアント様を大切にする姿勢は、
純粋に良いのですが、

それは、セッションやワークショップの
提供側としての肯定感が、
全く伴っていない言動でしかありません。

そこに気付くのに、
僕は13年間も費やしたのです(笑)

クライアント様に対して、
誠実であり続けることとは、

そうした自分自身を高波動で保ち続けること、
在り続けると同じであって、

自責や自己否定のエネルギーを、
魂が喜ぶわけがありません。

だからこそ、そこに葛藤が起こり、
苦しみとして感じることになったのでしょう。

今回の、ひかりあめの姿勢の明示に関する、
正式なご案内ページはこちらです。

もちろん、こうしたポリシィや料金について、
ご納得頂けないクライアント様も
いらっしゃるかもしれませんが、

ひかりあめとしては、
良質なセッションやワークショップを
自然なかたちでご提供し続けるために、

つまり、クライアント様に対して、
誠実であり続けるためには、

まず、自らに対して、
誠実であろうと決めたのです。

誠実さというエネルギーは、
自身の内側で育まれた誠実さが、
外に向けて放たれるだけのことなのですね。

フーチバ味噌

ひかりあめの暢弘です。
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久しぶりに純菜食レシピのご紹介です。

最近のわが家の定番常備菜となった、
フーチバ味噌をご紹介します。

ペースト状にした生のフーチバに、
味噌を和え、発酵食品にしちゃいました。

フーチバとは、沖縄の言葉でヨモギのこと。

さすがにこの地は、亜熱帯だけあって、
一年中見かけます。

造血、浄血、整腸作用、抗アレルギー作用など、
健康作りに欠かせない栄養素の嬉しい、
身体を温めるハーブです。

下茹でして、灰汁抜きする…
そんなレシピの多いフーチバ(ヨモギ)を、

生のまま使って(だから酵素がいっぱい)
さらに発酵させちゃうのが暢弘流です。

このレシピに辿りつく以前は、
フーチバジューシィ(ヨモギ雑炊)よろしく、
オートミールに生の葉を刻んで入れ、
余熱で蒸して食べていました。

ですが、生葉のままでは、
当たり前ですが、日持ちがしません。

身体に良いし、身体が喜ぶのも判るので、
毎日食べる方法を模索した結果、
発酵させて常備菜にしちゃったわけです。

もともと、繊維質が豊富ですので、
整腸作用の高い食材ですが、

味噌で発酵させることにより、
乳酸菌による整腸作用も加わります。

ご存じのとおり、味噌の乳酸菌は、
胃酸に負けない頼もしいモノですよね。

嬉しいのは、そんな効能だけでなく、
仕込みも簡単で、味も香りも最高ですので、
ぜひお試し下さい。

①生葉の葉柄の固い部分を、指でちぎる

指先で葉柄(ようへい)の固さを感じながら、
軽く引きちぎれるポイントを探しながら作業します。

そして、このステップを終えた時点で、
可食部分の重量を測っておきましょう。

生葉100グラムあたり、
後述の泡盛は大さじ1、味噌は35グラムが目安です。
計算しやすいでしょ。

②水洗いして土や汚れを落す

僕は大きなボウルに、ちぎった葉を入れ、
浄水をたっぷり注いで、葉を泳がせるようにして洗います。
虫が紛れ込んでいたら、助けてあげて下さいね。

③良く水を切る

上記のボウルに浮かんだ葉を、少しずつ掴んで取り出し、
ギターのピッキングのように、手首を回転させて水を切り、
清潔な布巾の上に重ねて置いて行きます。

次にペーパータオルを数枚横に並べ、
その上にフーチバを広げて、さらに水気を吸わせます。

全部の葉を広げたら、
別のペーパータオルを一枚用意し、
葉の上からトントンと軽く叩いて水分を吸収させます。

こうして使ったペーパータオル数枚は捨てずに、
乾かして掃除などで再利用しています。

④葉や葉柄の固い部分は、包丁で小さめに切る

僕が気に入って購入している、ソルベジさんのフーチバは、
全てが新芽なので、殆ど切る必要はありませんが、

一般的に販売されているフーチバは、
立派に育っているフーチバの先端部分ですので、
葉柄だけでなく、葉の筋っぽいモノも多々あります。

フーチバの育ち具合をみながら、包丁やキッチン鋏で、
フードプロセッサの負担にならない状態にしましょう。

⑤フードプロセッサに少量ずつ加え、ペースト状にする

下準備したフーチバを、フードプロセッサに
少しずつ加えてペースト状にして行きます。

僕の愛用のフードプロセッサは、こちらです。

ブログでも、何度かご紹介しているキッチンツールですが、
僕的には100点満点のフードプロセッサです。

DCモーターを上手に使った純日本製で、
カット速度は無段階調節ができ、
低速でも力があるのが、大きな特徴です。

ですから、フーチバのような繊維質の素材でも、
気持ち良くペースト状にしてくれます。

以前は、クイジナート製品を使っていましたが、
あの頃が嘘のように、使用時も、
そして使用後も快適ですよ。

包丁やキッチン鋏で刻んだ葉は、
最初の段階では高速、かつ短時間でカットし、

すべての葉が小さくなって来たら、
中速でじっくりカットするのがコツです。

⑥泡盛を加えて、さらに撹拌する

工程①で算出しておいた泡盛を⑤に入れ、
低速でじっくり回転して馴染ませます。

ちなみに、この時点では、
ペースト感は充分に出ないはずです。

⑦味噌を加えて、さらに撹拌する

同じく、工程①で算出した味噌を、
3~5つに分けて⑥のペーストの中に埋め込み、
低速でじっくり回転させます。

この最終工程を経れば、
しっかりペースト状になったはずです。

味噌の割合を多くすれば、保存性が高まります。

また、泡盛が手に入らない場合は、
乙類の30度前後の焼酎で代用してみて下さい。

ちなみに、出来立ては苦さが立っていますが、
翌日には発酵が進んで、美味しく馴染んでますよ。

戻す方法

ひかりあめの暢弘です。
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昨日の投稿について、
Facebook経由でご質問を頂戴しました。

何かの理由で失った魂の一部を、
戻す方法は何か…という内容です。

昨日の出来事もあったので、
今朝も朝の家事(4時44分~6時過ぎ)を終えたあと、

一休みをかねて、石油ストーブの前で、
壁に背中をもたれ、
あぐらをかいた姿勢で瞑想してみました。

今日は仕事場ではなかったので、
誘導音声なしでしたが、

智子さんの声に誘導してもらっているイメージで、
瞑想を楽しんでみよう…という、そんなノリでした。

今日も、昨日に引き続き、
かなり深い瞑想になり、

どれくらいの時間を費やしたか、
そして、瞑想のどの時点だったかも判りませんが、

(魂の一部)が、帰って来た理由を、
説明(言葉ではありません)しはじめました。

僕の意識は何も尋ねていませんが、
それは、シンプルな答えでした。

僕の心身に、彼が戻って来るための、
余裕(もしくは余白)ができたから、

そして、これからの僕にとって、
彼が必要だったから、…です。

メンタル面だけでなく、
身体の状態にも余裕(もしくは余白)が無ければ、
帰りたくても居場所がない、

そして、何等かの理由で、
童心のままの僕の核が、この先必要になるから、

…という意味なのだと理解しました。

「理解」といっても「脳が」では無く、
腑に落ちた感覚です。

瞑想から意識を戻すと、
猫のポンちゃんが、膝の上でスヤスヤ寝ていました。

ちなみに、彼が帰って来てからというもの、
特に味に対して敏感な僕がいます。

とにかく、一口食べては、
美味しいなあ!と唸る感じ(笑)

僕たちの五感(味覚もその一部ですね)とは、
地球上の三次元生命だけが楽しめる、
時空に根差した感覚ですから、

アストラル界にいた彼は、
そんな楽しめなかった感覚を、
僕の中で思い出したのかなと、

なんだか嬉しくなりました。

そして僕の方も、あんなに苦手だった瞑想が、
すんなり楽しめるようになり、大満足です。

智子さんのまどろみ時間は、本当に素晴らしいです。

ちなみに彼女は、来週の火曜日から、
一週間ほど帰省のため上京します。

そのため、1月26日~29日の間、
彼女のセッションは、ご利用頂けません。

お土産話しが、楽しみです。

蘇り

ひかりあめの暢弘です。
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こちらのお守りをご存じの方は、
そう多くはないのかもしれません。

出雲大社では今、平成の大遷宮の真っ最中。

古いお社の屋根を葺いていたヒノキの皮が、
このお守りの中に入っているそうです。

大遷宮は60年に一度行われますので、
このお守りが作られるのも60年に一度。

昨年末、妻と21日詣を行った際、
沖縄分社でご紹介頂き、
ふたりで一つずつ購入させて頂きました。

購入してから暫くの間は、
長財布に入れていたのですが、

蘇るべくは財布ではなく、僕です(笑)ので、
10日程前からズボンの左ポケットに入れていました。

今朝未明、

今日発刊されるメルマガの最終確認の後、
妻のレコーディングした、まどろみ時間用の誘導音声を、
何気なく聴き始めたところ、

音声の終わる約20分後、かつて経験のない、
深い深いトランス状態になったかと思うと、

直径2メートルくらいだったでしょうか、
大きなエネルギー体が突然現れて、

僕に重なった!のです。

で、それが何か、
すぐに判りました。

約半世紀前に、僕から飛び出した、
僕の魂の一部でした。

小学6年生だった、その日の僕は、
修学旅行先の日光の宿で喘息発作を起こし、
死に掛けていました。

朦朧とした意識の向こうで、2、3人の先生が、
僕のことで、言い争いをしているのが判りました。

ひどく情けない気持ちに襲われた僕は、
このまま消えてしまいたい!と思った瞬間、

何かが僕から、遠ざかって行ったのです。

今朝、そのエネルギー体が僕に重なった瞬間、
半世紀前のその日の映像、その日の想いが、
鮮明に蘇ったので、すぐに判りました。

つまり、この半世紀の間、
僕と違う場所で過ごした彼(僕の魂の一部)は、
僕の身体に戻り、時を越えて一つになったのです。

まさに「蘇り」が起こったんです。

以前、暮らしていた借家で、
僕は2回程、大きな事故に遭っています。

僕の背丈より高いコンクリート製の雨水タンクに、
重い蓋を持ったまま落ちた事件と、

取付中だった店頭の大きなオーニングが、
崩落して下敷きになった事件です。

ですが、その2回とも、殆ど怪我をせず、
「何か」に引っ張られて助かっています。

その「何か」のことを、僕はずっとこれまで、
亡兄のエネルギーだと思っていたのですが、

その時の「何か」も、
今朝方、僕の身体に戻ったエネルギー体、
つまり僕の一部だったようで、

どうやら僕は、自分で自分を守護しながら、
この半世紀を生きて来たようです。

なんという、自己完結型の半生なのでしょう(笑)

彼が僕の身体に戻ったあとのその場には、
何か普通ではない波動が残存していたようで、

起きて来た妻が、大きな瞳をさらに大きくして、
「なにこれっ!」と叫んでいました。

彼女にも、ただならぬ波動が判ったようで、
記念すべき蘇りの朝を、ふたりで分かち合えたのでした。

というわけで、

今日から暢弘は、一味違いますよ。

続・塩との相性

ひかりあめの暢弘です。
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そして昨日は、本サイトの統合による、
URL一本化へのご理解とご協力に感謝いたします。

今後とも、宜しくお願いいたします。

さて、今日のお話しは、
昨年末の塩との相性に関する投稿の続報です。

あの投稿をした直後に、
それまで2年半、愛用していた塩の銘柄を変えました。

当時、使っていたのは、こちらの塩でした。

アマゾンでは、かなり高額な商品になっていますが、
沖縄のスーパーでは、この倍量が200円未満で購入できます。

「沖縄の塩」と銘打っていますが、
使用されている海水は、海外のモノでした。

突っ込みどころ満載(笑)な塩ですが、
使用する上では特に問題はなく、
乾癬の治療にも役立ちました。

そして、その後、
入浴に使い始めたのは、こちらの塩です。

この塩も、沖縄のスーパーでは、
倍量の1キロ入りが、300円前後で販売されています。

これは、数年前から、
わが家の調理用の自然塩で、
塩糀や漬物作りも、この塩を使っていました。

前者と比べて、粒子がしっとりしており、
そのせいか水解けが良く、

粒子が角ばっていないせいなのか、
肌に優しい感じさえします。

こちらの塩で、入浴も歯磨きも行いはじめ、
3週間が経過したのですが、

肌のしっとり感、すべすべ感が、
今までにない素晴らしさなのです。

この発見をしたのも妻で、
彼女は若いせいか、効果がすぐに表れましたが、

僕は3週間送れましたが、実感できました(笑)

入浴後は、ニガリ化粧水と、
シアバターによる保湿を行っています。

簡単で、お金もかからず、
若々しい肌が手に入れられますよ。

この塩で洗髪をしてから、
頭皮がフカフカになり、髪にもコシがでました。

この調子で、増毛まで辿り着けたら最高ですよね 😉

確かに、ドライヤーを使っている際の指先の感触が、
若い頃の髪を思い起こす触り心地で、

ついつい嬉しくなる毎日です。

サイトが統合されました

ひかりあめの暢弘です。
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2011年末から6年間愛用した、
healingherbs.jpドメインを、

正午前に訪れる山羊座新月を前に、
今朝未明、削除しました。

これによって、ひかりあめのウェブコンテンツは、
hikariame.jpに一本化され、
ブログを内在したホームページとして、
正式に生まれ変わりました。

そして、そして、
すでに気付かれた方も、
いらっしゃるかもしれませんが、

スローガンも一新しました。

智子さんと、2人3脚の運営になってから、
一度拡張した、あのスローガンです。

今回は、その拡張したスローガンの、

 薬も通院も要らない、元気でステキな暮らしへ

…から、趣きをガラッと変え、

 魂の望んだ「完璧な今」と出逢うために

…に、なっちゃいました。

僕やあなたの魂の望みを、
そのままスローガンにしてみたんです。

僕が、フラワーレメディの世界に、
興味を持ちはじめた頃、

当時の僕は、パニック障害を患っていて、
藁にもすがる思いの日々でしたが、

毎日4回、レメディを摂りながら、

 レメディって、耳慣れない単語だなぁ

…と、毎回思っていました。

もちろん、勉強好きの人間ですので、
単語の意味は、すぐに調べましたよ。

レメディとは、療法とか薬を意味する単語だと、
辞書の説明を、頭で理解してはいたのですが、

なぜか、療法や薬とは、
全然違うカテゴリーの気がしていました。

そして、そのまま歳月が流れ、

はじめてフラワーレメディを摂取してから、
15年も経過した昨年末のことです。

レメディ(レメディエイションとは)

 本来、もしくは生来の自分を、
 取り戻すためのもの

…という、言葉の由来のようなものに辿り着き、
本当の意味で、この仕事を授かった気がしたのです。

多くの人が、病や症状に悩み、
患者さんで溢れかえる医療機関は、
日本に留まらず、世界中のあちこちにあります。

そうした皆さんに、
自然療法の素晴らしさをお伝えし、
ご自身の生き方や在り方と向き合って頂ければと、

ゆうすけ…だった頃の僕は、
それこそ毎日!思っていました。

もちろん、今も思っていますが、
以前より、ぼんやりした感じ(笑)なのかな。

暢弘…を取り戻してから、
頻回にスターオブベツレヘムを飲みながら、
「何か」を手放した僕は、

魂の望んだ今を手に入れたい!と、
真剣に思うようになりました。

手放した「何か」は、不明ですが、

ある日のお昼過ぎ、
それは、胃の上の方で渦を巻きはじめ、

だんだん喉の方に上って来たかと思うと、
心臓の中に入って主張を始めました。

きっとこれからも、何かの節目に、
この渦はサインとなって現れ、

僕に変化を促すのでしょう。

というわけで、今日はこれから、
智子さんと新月詣に行って参ります。

もちろん、昨年末に21日詣をした、
出雲大社沖縄分社にです。

本名で生きる

ひかりあめのゆうすけ改め、暢弘(のぶひろ)です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

ここ数日、沖縄も寒い日が続いています。

2週間後の24日、旧暦12月8日の、
ムーチーの日が近付いているのですから、
この寒さは当然なのかもしれません。

さて、Facebookと週刊メルマガでは、
既にお伝えしましたが、

本年1月4日より本名の、
齋藤暢弘(さいとうのぶひろ)で活動しております。

妻の誕生日でもあった同日に、
サプライズも兼ねて彼女に宣言したところ、
予想外に喜んでくれ、

驚かそうとした僕が、驚いてしまいました(笑)

シンガーソングライター時代のステージ名を、
セラピストとなってからも、ずっと名乗り続けていましたが、

土星回帰2巡目となる今年を、より良き年にするために、

17年ぶりに本名を取り戻そう!と、
1月2日の初詣&満月詣の際、ふと思い立ったのです。

日本に古くから伝わる言霊に沿うなら、
氏名(なまえ)は、使命(現世のミッション)なのだそうです。

氏名とは、生誕時に両親から授かるもの。
つまりそれは、自分では決められませんよね。

ですから、そこには、
一切の「我(が)=エゴ」が宿っていません。

日本人の心の故郷でもある神社では、
(かがみ)をご神体とされていることは、
多くの人の知るところでしょう。

鏡とは三種の神器のひとつで、神聖なアイテム。
庶民が手に入れられるようになったのは、
江戸時代以降のこと。

風水の世界でも、強い反射力があるとされ、
鏡を磨かないと、
その家の波動が落ちるとまで言われます。

神社にお詣りに出向き、
ご神体と向かい合えば、

聖なる鏡に自分の姿が映ります。

そして、その「鏡(かがみ)」から、
「我(が)=エゴ」を外せば、「神(かみ)」になります。

そこに映る「自分自身」から「我」を外し、
神性と出会え!という意味なのです。

現世に生れ落ちたときの、最初の贈り物が、
我とは無縁で、しかも一生使う大切な「氏名」を、

宇宙からの聖なる導き(=使命)に向かって
邁進する覚悟を決めたのなら、

氏名と伴に生きるコトが、
最も自然なのではないでしょうか。

さて、この正月明けから、

消失したホームページの、
復旧作業を進めていましたが、

今朝未明、最後の課題だった、
「智子のエッセイ」の再掲載も終えました。

コンテンツが不十分な面も目立ちますので、
追々、補って行こうと思います。

今回のデータベースの事故によって、
消失した情報は甚大でしたが、

その一方で、こうして、
ホームページとブログの一体化したサイトが誕生し、
シンプルになって良かったと感じています。

特にスマートフォンからご訪問の皆様には、
パソコン版と同じデザインで
お楽しみ頂けているはずです。

ピンチはチャンスの前触れなんですね。