脱!平凡

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

せっかく手にした人生です。

自分という存在をしっかり見つめ、
どこまで成長できるか、試してみましょう。

10の技量を持ちながら、
5しか使わない生き方が「平凡」と言うなら、
5で満足する生涯を「人並み」と言うなら、

「平凡」も、「人並み」も、
自分を封印するための、
暗示の言葉でしかありません。

少なくとも、
本心と向き合わない生き方を
正当化する言葉と言えそうです。

大体、「平凡」も、「人並み」も、
周囲と自分を比較することが、
前提となった言葉です。

今世を通じて追い求める幸せとは、
他人と比べて推し量るものではなく、

自分が満たされるコトによってのみ
得られるモノです。

ですから、「平凡」も「人並み」も、
幸せになりたい人にとっては、

本来不要な言葉と言っても
過言ではありません。

では、なぜ、
こんな言葉を使うのでしょう。

それは、自分には、
幸せになれない理由があると、
心の底で思っているからです。

自分だけが、複雑な事情を抱えているから、
前向きに生きるコトなど
できるはずがないと思っているからです。

しかし、これだけは断言できます。

事情を抱えていない人など、
この世に一人も存在しません。

事情を足枷にした生き方とは、

猫になれないコトを嘆く
犬のような生き方です。

そんな犬がいたら、馬鹿げていると思うでしょう。

でも、自分のコトとなると、
そんな単純な幻覚が、見破れなくなるのです。

幸せを求めるなら、
「脱平凡」を信条とするコトから始めましょう。