海の日

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

平成8年から加わった、
比較的歴史の浅い国民の祝日が、

「海の日」ですね。

沖縄という、
海洋環境に恵まれた土地に住みながら、
僕は海が苦手です。

元々、泳げない人間なのですが、

就職し立ての22歳の夏に、
職場の仲間と出かけた神津島の人口ビーチで、
溺れたことが苦手意識に拍車を掛けました。

どうしてそのとき、海に入っていたのか、
その経緯は忘れましたが、

突然深くなる人口ビーチの構造を
理解していなかった僕は、
自分がこれから溺れるであろうことを察知し、

浜で談笑している仲間に
力の限り手を振って合図を送ったのですが、

浜にいた仲間は、その合図が救難信号とは気付かず、
僕に対して手を振って応えるだけでした。

距離もあったため、声も届かず、
僕はそのまま、
底の無い海へ、沈んで行くしかありませんでした。

そのとき、なぜか、
こうやって、人は溺れて死ぬんだなと、
冷静に考えたことを覚えています。

溺死を覚悟したんでしょうか。

青春ドラマなら、
ここで気を失うんでしょうが、

残念なことに僕は気を失わず、
溺れながらも、もがき苦しんだのです。

そんな僕の様子が、
変だと気付いたG先輩がそこに居なかったら、

僕はきっと、その年初の、
神津島の溺死者となったでしょう。

泳ぎの達者なG先輩は、
偶然ですが、大学の先輩でもありました。

物凄い速さで、
僕のいる場所まで泳いで来たかと思うと、

次の瞬間、僕の身体を水面までひっぱりあげ、
呼吸ができるように僕を海面で仰向けにし、

そのまま、筏(いかだ)のような体勢の僕を、
浜まで引っ張って泳いだのです。

浜に戻って、地面を踏み締めたとき、
生きて還って来られたコトを実感しましたが、

大量の海水で満腹になり、
もがき過ぎて関節までおかしくし、
声の完全に枯れた僕は、

そのまま浜で、死んだように眠りました。

気が付いたのは日没前で、
僕の目覚めを待っていてくれた仲間たちと、
宿泊先まで自転車に乗って帰りました。

綺麗な夕焼けでした。

命の恩人のG先輩は、
いつまでも優しく笑っていました。

泳げない人は、海に入るべきではありません。

十数年経って「海の日」が制定されたとき、
僕は、久しぶりにこの事件を思い出しました。

それから毎年、この日になると、
G先輩を思い出し、生きているコトに感謝しています。

今でも、海に出かけることは大好きですが、
そこで泳ぐことは、絶対にありません。

他にやることが沢山あるので、
泳げるようになりたいとは、
きっと、今世では思わないでしょう。

毎年、この日に感謝を捧げる人生も、
悪くないモノです。