物質化する思い

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

僕たち人間は、
常に想念を放射しています。

何かを思うたび、
それに見合ったエネルギーを、
この身体から放つのです。

言い換えるなら、自分の生命場を、
外の世界に向かって投射し続けているのです。

この説明が、ピンと来ない方でも、

優秀なセールスマンの日々の言動の中に、
その好例を見つけることができるはずです。

彼らは、相手を自分のペースに
巻き込むコトに長けていますよね。

それは、自分の生命場を、
クライアントの生命場に投射することを通じて、

自らの想念を巧みにコントロールしながら、
クライアントを巻き込む環境エネルギーを作り出し、

そうした中で、
契約書にサインまでさせてしまうのです。

もっとも、このメカニズムを理解して、
自身のエネルギーを投射する人も少ないですし、

解っていながら
受け続ける人も少ないでしょう。

しかしこのように、意識の有無に関わらず、

思考が想念を作り、
想念が生命場を作り、
放射された生命場は、世界を創っています。

「思考は現実化する」と言われるのは、
こうした背景があるからであり、

思いは物質の根源なのです。

実際、人間の仕草も姿勢も、
その人の思いを表しているコトに疑いの余地はなく、

それは、骨格にも影響を与えますから、
事態が慢性化する場合も少なくありません。

こうなると、思考を何とかせねば、
物質界もさることながら、
自らの健康さえ、不明瞭な状態になりかねません。

そこで、思考を司る脳に
着目せざるを得なくなるワケですが、、

そんな大切な脳は、
これまでの学校教育の中で、

創造ではなく、分析を学んでしまったのです。

創造とは、内側から湧き起こるものですが、
分析は反応でしかありません。

五感を通じてインプットされた刺激に対し、
脳は、選り好みやジャッジという分析を繰り返しながら、
主体性の無い思考を作り出します。

客観性に欠けるそうした思考は、
困惑した想念を世界に放射し、
ついには、その混沌が現実化するのです。

このように、脳の使い方を間違えた思考は、
物質化した際に絶大な差となって
自らに降り注ぎます。

ある意味、これが、
平成の大不況以来定着している問題の背景であり、

昨年の震災以降、
その勢いは、さらに加速しています。

今からでも、遅くありません。

学校や社会で学んだことは一旦忘れ、
分析より創造を優位な状態に、脳をシフトさせましょう。

解り易く言うなら、
あれこれ思い悩む(=分析)のではなく、
好きなコトに取り組めば(=創造)良いのです。

創造が優位な状態となった脳は、
調和に満ちた想念を世界に発し始めます。

圧倒的に大きな民意を、
創造エネルギーに大変換すれば、

脱原発も、TPPからの独立も、
永遠に消費増税の無い未来も、
簡単に作り出すことができるはずです。