感覚と付き合う

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

僕たちは感覚によって、
この世界の様々な波動を受信しています。

自然界の創造した一大傑作もあれば、
人間のこしらえた不自然なモノもありますが、

それらをひっくるめたモノが、
今この瞬間の世界の波動です。

そして、面白いのは、
同じ色を見ても、同じ音を聞いても、
反応や味わい方は、千差万別だというコトです。

そんなコトはない。
赤は赤だろう!

あなたは、そう思うかもしれません。

しかし、色分解データで完全に再現した赤でさえ、
人によっては、本来の赤に見えないコトが多々あります。

この例えが解り難いとしても、
味覚や臭覚の個人差なら、多くの人々が経験しています。

自分は美味しいと思うのに、
他人は不味いと感じたり、

自分にとっては芳しいのに、
パートナーにとっては、不快な香りだったりします。

ですから、感覚器官の違いだけで、
味覚や臭覚と同じような差異が、
見え方、聞こえ方、感触にも必ず存在し、

科学的に検証できない第六感に至っては、
劇的とも言える違いがあるのです。

ですから、五感の差について、
云々言う意味は無いと考えても、

あながち極論とは言えません。

その人にとって、必要な情報を、
必要な分だけ受信できれば、それで良いのです。

生命体はそれぞれ、
固有の周波数で振動していますから、

受信する領域の、得手不得手があっても
何ら不思議ではなく、

それに準じた生き方を、
則った生き方をすれば良いのです。

そして、この差は、
コミュニケーションの中においても、
興味深い現象を見せします。

もちろん、言語解釈上の問題は、
大きな差となりますが、

それ以外にも、発する波動と受け取る波動の差で、
聴き取る内容が変わってしまうのです。

良かれと思って言ったコトが、
相手に伝わらないというメカニズムが、
まさにコレです。

こうして、人間同士でも、
感覚の差はあるのですから、

動物を越えたコミュニケーションは、
さらに興味深いモノになります。

愛猫のチアさんは、
透き通る、円らな瞳で僕を見つめますが、

あんなにピュアな目をもってしても、
猫の色覚では、赤と緑が判別できません。

ところが、人間が躓くような、
光のごく僅かな場所でも、

彼らはしっかりと、
白黒識別できる視覚を持っています。

深夜1時半ごろ、
熟睡している僕を真っ暗な寝室で見つけ出し、

耳元で「ニャー」と囁いて僕だけを起こす
そのピンポイント・テクニックは、
もはや、芸術の域に達しています。

さすがです。