蚤の襲来とトイレの神様

ひかりあめの暢弘です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

通いの猫が赤ちゃんを産んで、
もうすぐ2ヶ月を迎えます。

この間に、台風の直撃が3回もあり、
その度に、通いの猫親子が
安全に避難できる場所を作ったのですが、

その3回目の台風前準備のときに、
ある事件が起きました。

猫親子の避難用の小部屋に敷き込んだ、
タオルを交換しようとした、その時でした。

蚤の大群に両足を襲われたのです。

両足の膝下を、数十か所噛まれてしまい、
傷跡は赤く腫れ、熱を帯び、

何よりも、その痒さが強烈なのです。

ステロイド入りの痒み止めを使えば楽になるのですが、
使いたくなかった僕は保冷剤で冷やし、
騙し騙し生活していました。

痒みで夜は眠れず、
日中は朦朧とした状態が、一週間以上続いたのですが、

その間、ずっと、両足とも腫れており、
足底感覚も麻痺していました。

家の中での僕は、
いつも裸足で過ごしているのですが、
足底感覚がないために、
まるで厚手の靴下を履いてるかのようでした。

2週間が過ぎようとした頃、やっと痒みは治まり出し、
足底の感覚も徐々に戻って来ました。

ところが、日に日に増す足底の感覚の敏感さが、
尋常ではないことに気付きます。

ご存じの通り、足底という部位は、
基本的には敏感ではありません。

そうでなければ、素足で歩くのが苦痛ですからね。

この時の敏感さは、
足の裏に蘇った感覚に対して、
感謝が溢れるような、そんな独特なモノでした。

そして、そんな痒みとの、壮絶な闘いを繰り広げる中も、
真面目な僕は、毎日の家事を欠かしません(笑)

家事は趣味でもありますので、
没頭していると、痒みが楽になるコトもあって、
普段以上に真剣に取り組んだのです。

その家事の中には、トイレ掃除も含まれ、
この痒みを忘れるために、

トイレの床も便器も、懸命に拭き上げ、
磨きまくったのです。

そして、数日前、

2箇所あるトイレの掃除を終えたあと、
汗ばんだ身体をクールダウンするために、
何気なく便座に着座したのですが、

綺麗に吹き上げたトイレの床から、
感覚の蘇った足底を通して、

何か特別に清浄なエネルギーが、
僕の脳天に向かって突き上げて来るのが判りました。

そして、その気持ち良い感覚は、
僕に声を出させたのです。

 いつも、いつも、
 トイレを綺麗に磨いて下さって、
 有難うございます。
 有難うございます。
 有難うございます。

僕の意志ではない、小さいけれど、
しっかりとした、綺麗なエネルギーが、
僕の声帯を使って、メッセージを届けたようなのです。

直感で、僕は気付きました。
この言葉の主は、トイレの神様だと。

そして、次の瞬間、目に涙が溢れていたのです。

有難うございます…が、3回だったのが不思議でしたが、
数霊の世界では、「3」は安定や調和を示します。

僕のトイレ掃除は、高校卒業と同時に始まったのですが、
40年経った今頃、トイレの神様を実感できました。

神性が宿るとは、こういうコトなのでしょうね。

こちらこそ、有難うございます。
有難うございます。
本当に素敵な毎日を、有難うございます、神様。

気楽に生きる

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気楽に生きてますか?
大辞泉によると、気楽とは、こんな感じ。

気楽…①心配や苦労がなく、のんびりとしていられること。また、そのさま。②物事にこだわらないで、のんきなさま。

僕の名前は「暢弘」ですが、
その一文字目の「暢」という字は、

気楽の説明文内にある、「のんき(暢気)」を意味します。

名は体をあらわすと言いますが、
気苦労も、心配事も、そこそこ抱えていますし、

こだわる部分も、相当徹底していますので、
大辞泉の認める気楽には、僕は届かないようです。

母親が言うには、幼少期の僕は、
かなりのんきな子供だったそうですが、

僕の記憶には、そんな自分は見当たりません。

ただ、「気楽」と同じ読みの熟語で、
「喜楽」という単語があるのですが、

こちらには、少々自信があります(笑)

ご存じのとおり、人間の感情には、
喜怒哀楽がありますよね。

この4つのタイプの中で、最も有害な感情は「怒」です。

「怒」は、周囲も自分さえも傷付ける、
百害あって一利なしの感情です。

「嫌う」や「妬む」も、同じ部類ですね。

そんな、ある意味、感情の刃物のような存在の「怒」を、
僕は4年前、意を決してを捨てました。

そして、「怒」に次いで有害な感情が「哀」です。

起こりもしない未来を按じたり、
過ぎてしまった過去を悔やんだりしたときに、
抱える感情が「哀」です。

僕たちは、いつも「今」を生きているのですから、
今この瞬間にある、素敵なことにフォーカスできれば、

この「哀」も手放せます。

「不安」や「恐怖」も、同じ部類です。

「怒」より簡単に手放せるかと思ったのですが、
案外時間が掛かってしまい、

やっと今年の3月、僕は「哀」を捨てられました。

ですから、今の僕の感情は、
「喜」と「楽」だけで成り立っています。

素敵でしょ。

「気楽」の定義には、なかなか辿り着けない僕ですが、
「喜」と「楽」で満ちた自分に徹していれば、

そのうち、本当の意味での「気楽な生き方」が、
判るかもしれないと思うのです。

所作を磨く

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もし、あなたが、今、
幸せな人生から遠ざかっている気がするのなら、

簡単な方法で、軌道修正することが可能です。

所作を磨くのです。

姿勢や振る舞い、言葉遣いや挨拶を、
出来る限り丁寧にしてみて下さい。

心身の調和は、身体という器の所作を正すと、
その中身となる、思考や心、
そして、厄介な観念さえも好転します。

立ち姿が歪んでいたり、
普段の言動が雑だったり、

挨拶がぶっきらぼうでは、
健康とも、良縁とも、縁遠くなって当然です。

背筋を伸ばしてみて、
どこかぎこちない感じがするのなら、

ウォーキングを励行して、
脊椎を弛緩する必要もあるでしょう。

言葉遣いに自信がないのであれば、
良書を丸ごと書き写して、語彙を磨くのです。

発声しながら書き写すと、効果は倍増しますし、
自身のネガティブな言葉遣いに、気付くキッカケにもなります。

そして、お気に入りの手鏡を用意して、
飛び切りの笑顔の練習もしてみましょう。

こうした、小さなことの積み重ねが、自らの心身波動を高め、
必ず、幸運体質の鍵を引き寄せるでしょう。

さて、今週末のウェビナー「ハッピィ・エイジング」では、
安全なセルフ・リーディングのお話しをします。

スピリチュアル・リーディングと聴くと、
何か特殊な能力のような気がするかもしれませんが、

それは、生命全てのもつ、
本能が原動力となる、基本的な予知の力です。

この本能という力は、
心身波動に沿った力を出しますので、

その波動が少しでも高まっていれば、
良い結果が得られるようになるのです。

月例ウェビナー「ハッピィ・エイジング」は、
どなたでもご参加頂けます。

自由のために学ぶ

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人間は、生まれつき学ぶようにできています。

小さな子供の発する「なぜなぜ攻撃」は、
好奇心を満足させるためだけなのかもしれませんが、

不思議なことに、こうした探求心は、
大人になるにつれ、徐々に薄れてしまいます。

学習の基本とも言える「読書」にいたっては、
教養を育むべき立場にある大学生でさえ、

平均読書時間が1日23.6分と3年連続して減少し、
まったく読書をしない大学生が、
過半数をしめている…という事実があるようです。
※全国大学生活協同組合連合会調べ

一方、自由に対する考え方、捉え方も様々で、

自由を履き違えている人も、
少なくないように感じます。

もっとも多い、解釈の間違いが、
束縛されないこと…イコール自由!という定義です。

基本的に束縛とは、誰かにされるものですから、
この時点で、不自由の原因を、
自分の外側に求めてしまっています。

ですから、こうした捉え方で自由を定義してしまうと、
その発想の罠を見破れない限り、
永遠に束縛を感じ、不自由を味わうコトになるのです。

実際に、パートナーの束縛を、
離婚の原因にあげるカップルも多いのですが、

束縛したとされる側には、
束縛した意識はなく、

束縛されたとされる側だけが、
束縛を感じているケースが殆どです。

言い替えるなら、束縛という主観を、
感じてしまった自身の心身波動を上げなければ、
束縛体験は何度でも繰り返されます。

僕たちは、生来自由な存在でしたが、
社会との関わりの中で、不自由さを経験します。

そして、そうした不自由な体験を通して、
自由をもう一度手に入れる(思い出す)ことが、
人生の面白さ、醍醐味でもあるのですが、

束縛と自由を天秤にかける発想では、
前述のとおり、うまく行きません。

では、どうしたら良いのか。

束縛を感じている自分に、
その理由を問うのです。

僕たちは、他者の決めた目標に向かって、
他者の決めた遣り方で、
何かを強制されている状態を束縛と感じ、

不自由さを味わい、
自由を渇望するようになるのですが、
であるのなら、

自分の決めた目標に向かって、
自分の決めた遣り方で、
自ら行動すれば良いのです。

そして、そのために必要なものが、
まさに「学び」です。

それは、幼少期に経験した、
好奇心を満足させるだけの学びではなく、

読書などを通じて、

自然則に沿った生き方、
感情をコントロールする方法、
身だしなみや挨拶、
言葉遣い、
自分の意志を相手に伝えつつ、
判らないことを質問できる術…等々、

こうした、生きるための学びの不足分を補うだけで、
誰かの決めた目標に向かう必要はなくなります。

その上で、自身にとって興味をそそる
教養を身に付けることで、

自分の目標が設定できるようになり、
そこへ向かうための、自分なりの遣り方を開発でき、
自ら行動できるようになるのではないでしょうか。

哲学者のヘーゲルは、言いました。

 人間的欲望の本質は「自由」である。

この言葉の意味は、決して、
不自由に置かれた状態から、
逃避することではないはずです。

独学と自己治療

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昨年の2月の投稿で、
僕の独特な独学法をご紹介しました。

簡単にまとめるなら、

気に入った本を、著者の気持ちになり切って、
淡々と書き写す勉強法です。

今回も、その勉強法が、
独学としてだけでなく、
セルフケアにも役立ってくれました。

今回、書き写した本は、こちらです。

英国ヒーリング・ハーブス社代表、
ジュリアン・バーナード氏の超大作の日本語版です。

2つ並べた1冊目が、
アメリカで2004年に出版されたもので、
今回の日本語化の対象となったもの、

そして2冊目が、
英国で2002年に出版されたもので、
僕は2005年に英国のアマゾンから取り寄せ、
数年を掛けて読了したものでした。

2009年に渡英した際、
ジュリアン氏とお会いする機会があり、
その場で本書の読了をお伝えしたところ、

数年後に彼からメールが届き、
日本語版を作るから協力して欲しいと依頼され、

谷口みよ子さんをフォローする形で、
日本語版製作に携わったのが、2011年からでした。

ですから、英語でも読んでおり、
日本語版の製作段階でも、何度も読んでおり、

その後、出版された本としても、
数回読了していました。

ですが、今回この本を、
かつて、古典占星術を学んだときのように、
書き写そうと、いえ、
書き写さねばと、思ったのです。

人生3度目となる離婚手続きが始まったのが、
今から2か月前、2月の中旬でした。

自分の置かれた状況が判らぬまま、
体重は十キロ以上落ち、
眠れないだけでなく、早朝の吐血も始まり、

本来、誰かを癒す立場の人間から、
自分がどんどん遠ざかっていることを、
混乱する思考の中にいながらも、
自身を俯瞰している僕がいました。

そして、このとき、ふと思い出したのが、
本書の275ページにある一文でした。

 助けを求める叫びは聞き届けられる…
 と、バッチ博士は記しました。
 闇夜の後に、太陽は昇ります。

 スイート・チェストナットより

この本「植物のかたちとはたらき」の中で、
一番最後に紹介されているレメディ植物が、
このスイート・チェストナットです。

この一文を思い出し、
そのページを見つめていた僕は、

最初に紹介されているインパチェンスから、
最後のスイート・チェストナットまでを、

書写しながら、壊れかけている自分を、
思い出そうと誓ったのです。

実際に書写をはじめてみると、
それは楽しい時間でした。

一日に数時間、ぶつぶつと読みながら、
淡々と書き写し続けました。

かつて、何回も読了していながら、
その深さを見落としていた部分も多々あり、

そして、僕自身を治療家に目覚めさせた、
フラワーレメディの底力と、

エドワード・バッチの洞察力と感性に、
沢山の涙を流すハメになってしまいました。

最初の3レメディの書写を終えた頃には、
早朝の吐血は止まっており、

そして、後半のレメディの書写を始めた頃には、

不眠も殆ど改善され、
体重も戻ろうとしていることを体感できました。

夢中になって、何かに没頭することは、
ここまで自己治療を促進させるのです。

そして、全ての書写を終えたのは、
今から一週間前の4月14日でした。

その前日には、フラワーレメディ講座の受講生と、
お茶を頂きながら、もうすぐ書写を終える話しを、
していたばかりでした。

転んでも、ただでは起きぬ
…という諺を、ご存じでしょうか。

僕の場合、実際の諺の意味とは少々異なりますが、

どん底をチャンスに変えようとする、
めげない潜在意識に、いつも助けらているようです。

上の画像の子猫は、紙袋の中で身動き出来ませんが、
自分の置かれた状況を楽しんでいます。

あきらめない!とは、少し違う、
状況を受け入れて、糧にしようとする姿勢が、

猫好きの僕と似ているかもしれません(笑)

次のステージへ

ひかりあめの暢弘です。
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2009年に発刊された、僕の初著です。

書籍データを失って、
重版できなかったこともあり、

今月、2月末で、流通から姿を消すことになりました。

アマゾンやhontoなどで、ご覧頂けるのも、
残すところ、3週間ほどです。

この出版は、僕に様々な出会いを引き寄せ、
純菜食者となる、大きなきっかけにもなりました。

電子図書では、こうはならなかったと思います。
やはり、本は紙がイイな、僕は。

先日、久しぶりに通読してみたのですが、
あの頃の僕のエネルギーに満ち満ちていて、

その本気度満載具合が、愛おしくなりました(笑)

今を去る14年前、那覇の市場内で開業し、
蒸し暑かった店内にエアコンを設備したくて、
銀行に融資を頼みに行ったことがあります。

その日の融資担当者の男性職員は、
こう言って、僕の融資を断りました。

 薬事法や酒税法と闘う姿勢は買いますが、
 日本で合法的ではない事業に融資はできません。

あたりまえです(笑)

そうであるなら、僕が広告塔になってやろう!
そんな思いが、この本の出版の原動力でした。

そりゃ、本気!なはずです(笑)

そうした沢山の思い出は、タイムカプセルに詰め込んで、
懐かしい本名「暢弘」を取り戻した僕は、

次のステージに向かいます。

それって何処です?って、聴かないで下さいね。
僕にも判らないんですから(笑)

そうそう、野望は変わりませんよ。

幸せなお金持ちになって、
沖縄中の基地を、森に返します。

もちろん今は、ただ漠然と、妄想をしている段階です。

でも、こんなコトが現実化したら、
沢山の沖縄の大人たちから、きっと反感を買うのでしょうね。

でも、彼らの子どもたちも、そして動物たちも、
例外なく喜ぶと思うのです。

未来は、子供たちのためのものですから。

誠実さというエネルギー

ひかりあめの暢弘です。
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一昨日、1月20日より、
セッション等のご予約の変更や
キャンセルに関する、

ひかりあめの姿勢を、
明示させて頂くことにいたしました。

これからも皆様と末永く、
良好なお付き合いをさせて頂きたい、
そんな願いを込めたものです。

ひかりあめが誕生して13年3ヶ月の間、
特に昨年の秋口くらいまでは特に、

そうした変更やキャンセルには、
クライアント様の状況や背景を考慮し、

可能な限り柔軟に、
そしてクライアント様のご負担にならぬよう、
対応させて頂いておりました。

例えば、セッション当日に、
ご変更やキャンセルのご連絡を頂戴しても、
毎回、こころよく承っており、

キャンセル料を頂戴するなど、
全く考えたこともなかったのです。

そうした、こちらの対応に、
クライアント様から喜びの声を頂けば、

こちらも嬉しいはずなのですが、

僕の内奥には小さな苦しみが
見え隠れしていました。

正確に言うなら、
苦しんでいる自分がいると判ったのが、
去年の秋口でした。

自分を責めるような、
自分を否定するような、

そんな感情に似た苦しみが、
僕の中にあると気付いたのです。

クライアント様を大切にする姿勢は、
純粋に良いのですが、

それは、セッションやワークショップの
提供側としての肯定感が、
全く伴っていない言動でしかありません。

そこに気付くのに、
僕は13年間も費やしたのです(笑)

クライアント様に対して、
誠実であり続けることとは、

そうした自分自身を高波動で保ち続けること、
在り続けると同じであって、

自責や自己否定のエネルギーを、
魂が喜ぶわけがありません。

だからこそ、そこに葛藤が起こり、
苦しみとして感じることになったのでしょう。

今回の、ひかりあめの姿勢の明示に関する、
正式なご案内ページはこちらです。

もちろん、こうしたポリシィや料金について、
ご納得頂けないクライアント様も
いらっしゃるかもしれませんが、

ひかりあめとしては、
良質なセッションやワークショップを
自然なかたちでご提供し続けるために、

つまり、クライアント様に対して、
誠実であり続けるためには、

まず、自らに対して、
誠実であろうと決めたのです。

誠実さというエネルギーは、
自身の内側で育まれた誠実さが、
外に向けて放たれるだけのことなのですね。

本名で生きる

ひかりあめのゆうすけ改め、暢弘(のぶひろ)です。
当ブログにご訪問頂き、有難うございます。

ここ数日、沖縄も寒い日が続いています。

2週間後の24日、旧暦12月8日の、
ムーチーの日が近付いているのですから、
この寒さは当然なのかもしれません。

さて、Facebookと週刊メルマガでは、
既にお伝えしましたが、

本年の初開所日となった1月5日より、
本名の「齋藤暢弘(さいとうのぶひろ)」で活動しております。

シンガーソングライター時代のステージ名を、
セラピストとなってからも、ずっと名乗り続けていましたが、

土星回帰2巡目となる今年を、より良き年にするために、

17年ぶりに本名を取り戻そう!と、
1月2日の初詣&満月詣の際、ふと思い立ったのです。

日本に古くから伝わる言霊に沿うなら、
氏名(なまえ)は、使命(現世のミッション)なのだそうです。

氏名とは、生誕時に両親から授かるもの。
つまりそれは、自分では決められませんよね。

ですから、そこには、
一切の「我(が)=エゴ」が宿っていません。

日本人の心の故郷でもある神社では、
(かがみ)をご神体とされていることは、
多くの人の知るところでしょう。

鏡とは三種の神器のひとつで、神聖なアイテム。
庶民が手に入れられるようになったのは、
江戸時代以降のこと。

風水の世界でも、強い反射力があるとされ、
鏡を磨かないと、
その家の波動が落ちるとまで言われます。

神社にお詣りに出向き、
ご神体と向かい合えば、

聖なる鏡に自分の姿が映ります。

そして、その「鏡(かがみ)」から、
「我(が)=エゴ」を外せば、「神(かみ)」になります。

そこに映る「自分自身」から「我」を外し、
神性と出会え!という意味なのです。

現世に生れ落ちたときの、最初の贈り物が、
我とは無縁で、しかも一生使う大切な「氏名」を、

宇宙からの聖なる導き(=使命)に向かって
邁進する覚悟を決めたのなら、

氏名と伴に生きるコトが、
最も自然なのではないでしょうか。

さて、この正月明けから、

消失したホームページの、
復旧作業を進めていましたが、

今朝未明、すべての再掲載も終えました。

コンテンツが不十分な面も目立ちますので、
追々、補って行こうと思います。

今回のデータベースの事故によって、
消失した情報は甚大でしたが、

その一方で、こうして、
ホームページとブログの一体化したサイトが誕生し、
シンプルになって良かったと感じています。

特にスマートフォンからご訪問の皆様には、
パソコン版と同じデザインで
お楽しみ頂けているはずです。

ピンチはチャンスの前触れなんですね。

土星は山羊座へ

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

出雲大社への21日間詣を終えた12月20日のお昼過ぎ、
土星が僕の出生のサインである山羊座に、
30年ぶりに帰って来ました。

そして、去った10月10日には、
木星が出生のサインの蠍座に12年ぶりに戻っており、

僕のソーシャルプラネット全てが、
今、出生のサインで輝いていることになります。

これは、人間の人生が100年前後とした場合、
一生に一度だけ起こる、約一年間の天体ショーです。

木星の公転周期は12年、
土星の公転周期は29.5年のため、
その最小公倍数となる59歳前に起こります。

木星と土星は、ソーシャルプラネットですから、
その人と社会との関わりが、
最も密になる一年間と言えるのですが、

社会的には、この時期は定年前だという皮肉な現実が、
せっかくの惑星たちの応援を、
受け取れない状態にしています。

つまり、59歳に向かうこの瞬間こそ大切にし、
社会に対して最大限に輝くことが、
宇宙の求める姿勢と言えるようです。

特に僕の場合、転生時の創造主との約束を示す、
アセンダントのタームが蠍座の木星ですので、

12年に一度訪れる、木星回帰の度に、
自分らしさを発揮しやすくなります。

12年前と言えば、ひかりあめを始めた直後で、
当時はフラワーレメディの啓蒙に、
注力していた時でした。

そして、その12年後、
自然療法による治療だけに留まらず、

その人の魂の成長と寄り添える治療家として、
邁進している自分を誇りに思います。

それにしても、21日間詣を始めたきっかけは、
内奥から湧き出たインスピレーションでしたので、

それを満了する日に
僕の土星が回帰する事実を知ったときには、
少々、鳥肌が立ちました(笑)

最近、プライベートで
鳥肌の立つコトが多いのですが、

星々の期待に応える時が、
ついに到来したからなのでしょうね。

美しくゴミを出してみると

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

僕の住む集落では、週に2回の可燃ゴミ回収、
1回の不燃ゴミと危険ゴミ、そして資源ゴミ回収が
それぞれ別の曜日に設定されており、

資源ゴミ以外は、村指定の有料ゴミ袋に詰めて、

指定された時刻までに、
自宅敷地の入り口に出しておくことで、
委託業者さんによって回収されます。

ゴミ袋が有料だということもあってか、
わが家を含む多くの家庭では、

袋の中に入るだけのゴミを詰め込んで、
袋の口を風呂敷のように縛って出したり、

縛る余裕が無いほどに袋がパンパンな場合は、
袋の口をガムテープで止めて出したりと、

お世辞にも綺麗な出し方ではありません。

そんな中、僕たち夫婦の朝のウォーキングの途中、
立派な屋敷に住まれる家主さん宅のゴミが、
あまりにも綺麗に出されている、
そんな風景に出くわしました。

どのゴミ袋も程よく上品に膨らんでいて、
袋の口は巾着のようにまとめて、
麻紐で括っていたのです。

家主さんも、奥様も、
とても風格を感じる方々で、
大型の老犬と一緒に暮らされているのですが、

屋敷の立派さと調和したその美しさは、
ぜひ真似させて頂こうと思い立ったのでした。

それからというもの、
ゴミの収集日が待ち遠しくなり(笑)
そのお宅を真似たゴミ出しを続けているのですが、

ゴミを捨てている感覚を忘れるくらい、
毎回、気分はシャン!とするのです。

そのお宅が、ゴミを綺麗に出されている事実は、
実は随分以前から気付いていました。

ですが、真似をしようとは思ったのは、
ほんの数週間前のコトです。

それまでは、その整然と並んだゴミ袋たちは、
ウォーキング中に通り過ぎる、
一つの風景でしかありませんでした。

僕の中で、何かが変わろうとしているのでしょう。
というか、明らかに変化が起こっているようです。

もしかしたら、一ヶ月程前から始めた、
4種類のレメディの効果かもしれません。

これらのレメディは、
ひかりあめで日常的に使うバッチフラワーではなく、

そのうちの2種類はアラスカン・エッセンス、
もう1種類はパシフィック・エッセンス、
残る1種類はブッシュフラワー・エッセンスです。

それぞれポテンシィが異なりますので、
5分ずらして3本の調合ボトルから服用しています。

フラワーレメディのステキなところは、

問題や症状を癒してくれるだけでなく、
自分自身を次のステージに、

言い替えるなら、さらなる高みへと
誘ってくれるところではないでしょうか。

これは治療を超えた、
進化と言えるのかもしれません。

もちろん、バッチフラワーでも、
セカンド・ナインティーン、セブン・ヘルパーズ、
トゥエルブ・ヒーラーズと、

それぞれが癒す波動領域が異なりますので、

僕の初著の91~96ページでも書きましたが、
「3つの治療ステップ」を活用して、
自身の高みを目指すことが可能です。

ひとは、問題や症状に困ったときは、
何らかの治療に期待してしまうものですが、

それらが手放せた後も、
僕たちの魂の旅は終わっていませんので、

こうした、次のステージを
目指せるツールを積極的に活用して、

ご自身をバージョンアップされてみては如何でしょう。

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